東北大学、岡山大学、東京工業大学(東工大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、福井大学(福大)、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)の6者は10月18日、世界でも岡山県の布賀鉱山(高梁市)でしか産出しない「逸見石(へんみいし)」が、従来の報告とは異なる結晶構造を持つこと、ならびに量子力学的なゆらぎが強く現れる磁気スピン格子の性質を持つ強い反磁性体であることを明らかにしたと発表した。

  • 逸見石

    天然の逸見石結晶 (出所:岡山大Webサイト)

同成果は、東北大 東北大学多元物質科学研究所 山本孟助教、坂倉輝俊助教、木村宏之教授、岡山大 異分野基礎科学研究所のHarald O. Jeschke特任教授、東北大の壁谷典幸助教、同・落合明名誉教授、同・野田幸男名誉教授、福井大 遠赤外領域開発センターの石川裕也助教、同・藤井裕准教授、KEK 物質構造科学研究所の佐賀山基准教授、同・岸本俊二特別教授、東工大 科学技術創成研究院の東正樹教授(KISTEC兼任)、同・重松圭助教(KISTEC兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、材料に関する学術誌「Physical Review Materials」に掲載された。

長い時間と地質活動に伴う高温・高圧環境などにより作り出された天然鉱物は、人工合成された無機固体結晶と比較して、多様な結晶構造を持つことがわかっている。結晶構造の多様性は物質の示す性質の多様性につながるため、天然鉱物の示す磁性は古くから物質科学者たちの興味を集めてきたという。

日本国内では、これまで140種類以上の鉱物が発見されているが、サンプルの稀少さから、固体物理学の視点で物性研究をした例は多くなかったという。そうした中、研究チームは今回、日本産新鉱物(日本において初めて確認された鉱物)に着目し、中でも世界で布賀鉱山でしか産出しない逸見石(化学式:Ca2Cu(OH)4[B(OH)4]2)の詳細を調べることにしたという。

逸見石は、濃紺やすみれ色を呈する美しい結晶が特徴で、磁性を担う二価の銅イオン(Cu2+)が歪んだ二次元正方格子を作り、低次元性を持つ磁性体であるとされてきた。低次元磁性体は量子力学の効果が強く現れることを特徴としており、その特性から量子コンピュータなどへの応用も期待されている。

今回の研究では、逸見石の結晶構造の詳細の調査として、KEKの放射光実験施設フォトンファクトリーにおいて放射光X線回折を実施。それによって得られたデータを用いた結晶構造解析から、逸見石が従来の報告とは異なる結晶構造を持つことが判明したという。

また、決定された結晶構造とそれに基づく理論計算の結果、量子力学的なゆらぎが強く現れる代表的な量子スピン系である「磁気スピン-1/2二本足はしご系」と正方格子系の中間の性質を持つことが判明したほか、磁化測定および極低温までの比熱測定の結果、反強磁性相互作用を持つものの、ゼロ磁場中においては絶対温度0.2度の極低温まで、スピンが整列する磁気秩序が起こらないことが判明したという。研究チームでは、逸見石の結晶構造と磁気スピン格子の幾何学的な特徴で生じる量子力学的なゆらぎが、磁気スピンの秩序化を抑制したと考えられるとしている。

なお、同研究チームの東北大学の山本助教授に編集部が今後の展望について話を伺ったところ、「最近進めている研究の中で新たに、珍しい“ある量子状態”の出現が予想される結果が得られてきました。今後は逸見石に中性子やミュオンという小さな粒子を照射して、この状態を観察することで、もっと驚くような現象を発見したいと思います」とコメントをくれた。

また、「“身近にある石の中でも、不思議な物理現象が起こる”ということを通して、中高生や大学生にも科学の面白さが伝わればと考えて、研究を進めてきました。大学での研究と言うと、科学者がたくさん勉強して難しいことをしているイメージかもしれません。しかし本当は、科学の発見は教科書の先だけにあるのではなく、足元にいくらでも転がっているんだ、ということが伝われば嬉しいです」とも語ってくれており、多くの人に科学に興味を持つきっかけづくりとしてもこのような研究を進めていきたいともしている。

  • 逸見石

    (a)今回の研究で決定された逸見石の結晶構造。aとcは結晶軸が示されている。(b)逸見石の磁気スピン格子の幾何学的な特徴。実線は強い反強磁性相互作用、破線は弱い反強磁性相互作用が示されている (出所:岡山大Webサイト)