米国航空宇宙局(NASA)などは2021年8月11日、将来的に地球に衝突する危険性がある小惑星「ベンヌ」について、2300年までに衝突する確率は1750分の1(0.057%)であるとする研究結果を発表した。
ベンヌを探査したNASAの探査機「オサイリス・レックス」の観測データから判明した。
研究をまとめた論文「Ephemeris and hazard assessment for near-Earth asteroid (101955) Bennu based on OSIRIS-REx data」は、10日発行の学術論文誌『Icarus』に掲載された。
2300年までに衝突する確率は1750分の1
小惑星「ベンヌ(Bennu、英語読みはベヌー)」は1999年に発見された小惑星で、地球近傍小惑星のひとつであるアポロ群に属する。直径は約500mで、有機物(炭素を含む化合物)や水を多く含むC型小惑星の一種であるB型小惑星に分類されている。
また、将来的に地球に衝突する可能性があることも知られている。とくに2135年には、その前後で地球に最も接近。その時点では地球に衝突する危険はないものの、地球の重力によってベンヌの軌道が変わり、その後の衝突確率も変わると予想される。
今後のベンヌの軌道がどう変わるのか、それにより地球への衝突確率がどう変わるのかを正確に予測するためには、ベンヌがこれから地球に接近する際の軌道を正確に知る必要がある。
こうした中、NASAはベンヌを探査する小惑星探査機「オサイリス・レックス(OSIRIS-REx)」を開発。2016年9月9日に打ち上げ、2018年12月3日にベンヌに到着した。そして、今年5月10日にベンヌを出発するまで、2年以上にわたって探査を実施。大きさや形状、質量、組成などの情報を収集するとともに、小惑星の表面にある岩石や塵のサンプルも採取した。
さらに、自転の様子や軌道を監視し続け、精密なデータも収集した。
そして、NASAジェット推進研究所(JPL)地球近傍天体研究センター(CNEOS)のダヴィデ・ファノッキア(Davide Farnocchia)氏を中心とする研究チームは今回、その自転と軌道の精密なデータと、NASAの深宇宙通信ネットワークであるDSN、そして最新のコンピューター・モデルを用いて、ベンヌの今後の軌道を計算。その結果、ベンヌの軌道の不確実性を大幅に縮小することができた。
その結果、2300年までにベンヌが地球に衝突する確率は1750分の1(0.057%)であることが判明。また、2300年までの間に地球に最も接近する、2182年9月24日の衝突確率は2700分の1(0.037%)であることもわかったとしている。
もっとも、確率は非常に低いものの、ベンヌは、「1950 DA」と呼ばれる別の小惑星とともに、太陽系内の既知の小惑星の中で最も危険な存在であることに変わりはないとしている。
ファノッキア氏は「オサイリス・レックスの観測データはきわめて正確なものであり、私たちが持つモデルの限界まで使い、2135年までのベンヌの軌道を、非常に高い確度で計算することができました。小惑星の軌道をここまで正確にモデル化できたことは過去にありません」と語る。
重力の鍵穴
研究チームによると、今回の研究の大きなポイントは、ベンヌが「重力の鍵穴(gravitational keyhole)」を通過するのかどうかがより明確になったことだという。
重力の鍵穴とは、あるタイミングで小惑星が通過することで、その小惑星が将来的に地球に衝突する可能性が出てくる宇宙の領域を、擬似的に鍵穴に見立てたもののことである。
研究チームは、2035年の地球最接近時にベンヌがどの位置にいるのか、そして重力の鍵穴を通過する可能性があるのかどうかを正確に計算するために、ベンヌの軌道に影響を与える可能性のある、さまざまな種類の小さな力を評価した。どんなに小さな力でも、時間の経過とともに軌道が大きく変わり、鍵穴の中をを通過したり、完全に外れたりする可能性がある。
中でも、重要な役割を果たすのが「ヤルコフスキー効果(Yarkovsky effect)」である。小惑星は太陽のまわりを回っているため、太陽の光で小惑星の昼側が暖められる一方、自転もしているため、暖められた側が夜になると冷えていく。そして、小惑星が冷えると表面から赤外線が放出され、推力が発生する。この推力はとても小さなものだが、長い時間をかけると小惑星の位置への影響が蓄積され、小惑星の進路を変えるのに十分な役割を果たす。
研究チームのひとりであるスティーヴ・チェスリー(Steve Chesley)氏は「ヤルコフスキー効果は、あらゆるサイズの小惑星に作用します。これまでは、遠く離れたところから、その効果のごく一部を測定することしかできませんでした。しかし今回、オサイリス・レックスは、長い時間にわたり、ベンヌが太陽のまわりを回っている間のヤルコフスキー効果を初めて詳細に測定することができました」と語る。
「ベンヌへの影響は、ブドウ3個分の重さが常に小惑星に作用しているのと同じで、非常に小さなものですが、今後数十年~数百年にわたって、ベンヌが衝突する可能性を判断する上で重要な意味をもちます」(チェスリー氏)。
研究チームはまた、ヤルコフスキー効果に加え、太陽や各惑星、その衛星、300個以上の小惑星の重力、宇宙塵の抗力、太陽風の圧力、ベンヌからの粒子の放出現象など、他の多くの外乱要因も考慮に入れて計算。その結果、今回の衝突確率が割り出された。
さらに、昨年10月20日にオサイリス・レックスが行った、ベンヌへのタッチダウンとサンプル採取が、軌道を変化させた可能性があるかどうかも評価したところ、その影響はごくわずかであり、地球に衝突する確率に変化は与えなかったことが確認できたとしている。
オサイリス・レックスは現在、ベンヌで採取したサンプルを抱え、地球への帰路の途上にある。2023年9月24日には地球に約1万kmまで接近。サンプルが入ったカプセルを分離し、地球へ送り届ける。カプセル回収後、地球の研究施設でサンプルの分析が行われる予定となっている。
探査機本体はその後、エンジンを噴射して地球を通り過ぎ、金星の公転軌道の内側で太陽を周回する軌道に乗る。その時点で、探査機の状態が正常で、また燃料が残っていれば、別の小惑星の探査ミッションに挑むことも計画されている。
参考文献
・NASA Spacecraft Provides Insight into Asteroid Bennu’s Future Orbit
・Ephemeris and hazard assessment for near-Earth asteroid (101955) Bennu based on OSIRIS-REx data - ScienceDirect
・OSIRIS-REx Overview | NASA
・Center for NEO Studies