分子科学研究所(分子研)と生命創成探究センター(ExCELLS)は8月2日、スーパーコンピュータ(スパコン)を使って分子動力学シミュレーションを行い、薬剤であるレムデシビルやアビガンなどが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のRNA依存性RNAポリメラーゼに取り込まれる過程を明らかにしたと発表した。

同成果は、分子研の谷本勝一特任研究員、分子研/ExCELLSの伊藤暁助教、ExCELLS/分子研の奥村久士准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米生物物理学会が発行する国際学術誌「Biophysical Journal」に掲載された。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する治療薬として、もともとは別の用途として承認されていた「レムデシビル」や「アビガン(ファビピラビル)」が注目されている。

これらの治療薬は、新型コロナのRNAを複製する酵素(タンパク質)であるRNA依存性RNAポリメラーゼに作用すると考えられている。RNA依存性RNAポリメラーゼは、細胞内の“エネルギー通貨”などと例えられる「アデノシン三リン酸(ATP)」などのヌクレオチドを取り込んで、新型コロナウイルスの遺伝情報を持つRNAの複製を行うことがわかっており、レムデシビルやアビガンは、そのATPなどの代わりにRNAポリメラーゼに取り込まれてRNAの複製を阻害することが期待されている。しかし、レムデシビル、アビガン、ATPなどがRNAポリメラーゼにどのように取り込まれるのかはこれまでよくわかっていなかったという。

そこで研究チームはスパコンを用いて、RNAポリメラーゼの周りにレムデシビル、アビガン、ATPのいずれかを100個配置した3種類の分子動力学シミュレーションを実施。その結果、これらの分子はいずれもリン酸基を持っており、リン酸基の持つマイナス電荷がRNAポリメラーゼの結合サイトにあるマグネシウムイオンのプラス電荷に引き付けられて結合することが判明したという。

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    レムデシビル(球モデルで表示)が、複数のリジン残基(棒モデルで表示)に次々と受け渡されながらRNAポリメラーゼ(リボンモデルで表示)の結合サイトにある2個のマグネシウムイオン(黄緑色の球)に運ばれている様子。リジン残基が、あたかもバケツリレーのようにレムデシビルを運んでいく仕組みになっている (出所:共同プレスリリースPDF)

また、これらの薬剤などがRNAポリメラーゼの結合サイトにたどり着くまでの経路は主に3つあることも判明。その結果、新型コロナウイルスのRNAポリメラーゼは、静電的相互作用によってATPやレムデシビルなどを取り込んでいることが示されたほか、その効率を高めるためにリジン残基を結合サイトに向かって並べ、バケツリレーの要領で結合サイトに運んでいることも確認されたとする。

さらに統計誤差の範囲内だとするが、ATPよりもアビガンの方が、アビガンよりもレムデシビルの方がRNAポリメラーゼの結合サイトに取り込まれる確率が高い傾向にあることが示唆されたという。しかし、レムデシビルの方がアビガンより効果が高いと断言できるほどには十分な統計量が得られていないため、明確に判定するにはさらなる計算が必要としている。

なお、研究チームによると、今回の成果について、将来的に新型コロナウイルスの複製を抑制することを目的とした、より効果的な薬剤の開発につながることが期待されるとしているほか、新型コロナウイルスだけでなく、同様のRNAポリメラーゼを持つほかのウイルスに対する薬剤開発にも貢献すると考えられるとしている。

2021年8月5日訂正:記事初出時、分子科学研究所ならびに生命創成探究センターの名称に間違いがありましたので、当該部分を訂正させていただきました。ご迷惑をお掛けした読者の皆様、ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。