岐阜大学、東北大学、J-PARCセンター、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の4者は7月23日、「ストレンジクォーク」を2つ持つ「グザイマイナス粒子」を含む超原子核である「グザイ核」を「J-PARC E07実験」で生成し、観測することに成功したと発表した。

  • グザイ核

    写真乾板で観測された今回のグザイ核事象「イラワジ事象」の顕微鏡画像(左)とそのイメージ図(右)。グザイマイナス粒子(X-)がA点で窒素14原子核に吸収されグザイ核が形成され、2個のヘリウム5ラムダ核(#1と#2)、ヘリウム4原子核(#3)、および中性子に崩壊。中性子は電荷を持たないので写真乾板には写っていない。2個のヘリウム5ラムダ核は、B点とC点でそれぞれ2個の水素原子核と複数の電荷を持たない粒子(中性子や中性パイ中間子)に崩壊した (出所:共同プレスリリースPDF)

同成果は、岐阜大 教育学部・工学研究科の仲澤和馬シニア教授、同・吉本雅浩学振特別研究員、東北大 大学院理学研究科の吉田純也助教、KEK 素粒子原子核研究所の高橋俊行教授らの国際共同研究チームによるもの。このほか、日本原子力研究開発機構、大阪大学、京都大学、理化学研究所の国内大学・研究機関に加え、海外は、韓国・高麗大学、韓国・慶尚国立大学、米・ニューメキシコ大学、米・オハイオ大学、独・ヘルムホルツ研究所マインツ、独・ヨハネス・グーテンベルク大学マインツ、中国・合肥物質科學研究院、中国・山西師範大学(現代物理学研究所)、ミャンマー・ラシオ大学、ミャンマー・ヤンゴン大学など、合計20の大学と研究機関の総勢49名の研究者・大学院生が参加した。詳細は、理論と実験の両方の物理学を扱った学術誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」に掲載された。

太陽質量の8倍以上から30倍ぐらいまでの恒星が、生涯の最期に超新星爆発を起こしたあとに残される天体が中性子星だ。大質量星の大半の質量が吹き飛び、中性子星として残る質量は太陽と同程度から最大でも2倍程度しかないとされている。

中性子星では、中性子のエネルギーが非常に高くなり、中性子でいるよりもさらに重い粒子に変わった方が内部の粒子運動が穏やかになるため、「ハイペロン」と呼ばれる重い粒子が出現するようになる。このハイペロンの出現により運動が穏やかになると、中心部の圧力が下がってしまうという課題や、ハイペロンと核子、ハイペロンとハイペロンの間の相互作用が引力的であれば、より低い密度でもハイペロンへの変換が起こり、さらに内部の圧力が下がると、重い中性子星は自らの重さを支えられなくなり、存在できないことになってしまうとされるが、実際に中性子星は太陽と同程度から2倍程度の質量を持つものが多数観測されており、こうした引力的なハイペロンの相互作用との矛盾は「ハイペロン・パズル」と呼ばれ、未解決の問題となっている。

ハイペロンはいくつか存在しており、その1つが「グザイ粒子」である。グザイ粒子は、陽子や中性子と同様に3つのクォークで構成されているが、クォークの種類が異なる。具体的には、第2世代に属する「ストレンジクォーク」を2つ含む粒子のことで、わずか100億分の1秒程度(0.1ns)の時間で崩壊してしまう。なお第2世代のクォークにはもう1つ「チャーム」がある。

そして、このグザイ粒子が通常の原子核に加わった場合、その原子核は「グザイ核」と呼ばれる。ストレンジクォークを含む原子核は超原子核といわれ、その理解を深めることは、原子核形成のメカニズムの理解を深めることにもつながる。

グザイ粒子が中性子星内で発生し得る条件は、陽子や中性子との間に働く力の強さに依存するという。そのことから、その力の強さを地上実験によって決めることが必要で、グザイ核の実験データの充実は長い間望まれていたという。

グザイ粒子と原子核の間に働く力は「強い相互作用」と呼ばれ、それはこれまでの実験から引力であることが示唆されていた。そして、それが実際に引力であることを解明したのが、岐阜大の仲澤シニア教授らの研究チームで、2015年、KEKにおいて12GeV陽子シンクロトロンでの実験(E373)で、世界初となるグザイ核事象(「木曽事象」と命名された)を報告し、グザイ粒子と原子核との間の強い相互作用は引力であることを明らかにした。

しかし、その束縛エネルギーには2通りの解釈ができたという。グザイ粒子にはストレンジクォークが2つ含まれるが、残りの1個がアップクォークかダウンクォークかで若干異なる。アップを含むものを「グザイゼロ粒子」といい、ダウンを含むものを「グザイマイナス粒子」という。

グザイマイナス粒子と原子核に働く力を詳細に測定するためには、束縛エネルギーが一意に決定できるグザイ核事象を多数検出する必要があったことから研究チームは今回、大強度ビームが得られるJ-PARCにおいて、新たな技術開発により従来の10倍の事象観測を目指した国際共同実験「J-PARC E07」を実施することにしたという。

グザイ核事象の探索の結果、グザイマイナス粒子が2つの「ラムダ核」を含む原子核に分裂する事象が観測されたという。さらに解析の結果、この事象は現像のための写真乾板中の窒素14原子核に吸収され、2つのラムダ核(2つのヘリウム5ラムダ核、ヘリウム4原子核と中性子)に崩壊した事象であること、グザイマイナス粒子と窒素14原子核の束縛エネルギーは、6.27±0.27MeVであると一意に決定できたという。これを受けて、研究チームでは、「イラワジ事象」と命名したとする。

グザイマイナス粒子は、マイナスの電荷を持つ電子と同じようにプラスの電荷を持つ原子核とクーロン力で束縛状態を作るが、働く力がクーロン力のみであれば束縛エネルギーはせいぜい1MeV程度だと考えられるが、今回観測されたイラワジ事象は、クーロン力に加えて、原子核と「強い相互作用」による引力によってさらに強く束縛したグザイ核における「s状態」の形成を示すとしている。

今回の結果と、これまで検出したグザイ核のp状態やd状態のデータとを合わせることで、グザイ核の準位構造が判明。このデータにより、強い相互作用による引力の大きさがわかるとしている。

  • これまでに測定されたグザイ核で、グザイマイナス粒子と窒素14原子核(14N)との束縛エネルギー(BX-)と、対応する軌道のイメージ。単一に測定されたイラワジ、伊吹の両事象のBX-により、2通りの可能性のある金華事象および木曽事象のBX-が、それぞれs軌道、p軌道として解釈できるという。窒素14原子核の場合、s、pの次のd軌道では、強い相互作用はほとんど働かずに電磁気的な力が主になるため、“D”と大文字が使われている。s軌道より準位が浅くなるに従って、グザイマイナス粒子は、原子核の中心から離れたところに位置するようになるとした (出所:共同プレスリリースPDF)

,A@グザイ核|

なおグザイ核は、グザイマイナス粒子が核内の陽子と反応して2つのラムダ粒子へ変換する反応により崩壊する。もしこの変換反応が起きやすいと、グザイマイナス粒子が原子核内に入ってグザイ核状態を形成する前に壊れてしまうため、グザイ核の存在は変換反応が起きにくいということも示唆すると研究チームでは説明しているほか、今後、多くのグザイ核事象の観測により、さまざまな種類とエネルギー状態にあるグザイ核をより系統的かつ精密に測定することで、グザイ粒子に働く強い相互作用の詳細が明らかになることが期待できるようになるとしている。