東北大学と高輝度光科学研究センター(JASRI)は6月25日、リチウムイオン電池に用いられる酸化物正極材料をターゲットとして、同電池のガスの発生や異常発熱などの原因となる酸化物正極材料からの「酸素脱離現象」を詳細に評価し、材料中の酸素を不安定化する要因を明らかにしたと発表した。

同成果は、東北大 多元物質科学研究所の雨澤浩史教授、同・中村崇司准教授、同・木村勇太助教、JASRIの為則雄祐主席研究員、同・鶴田一樹研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、環境発電、変換、貯蔵に使用される材料を題材とした学術誌「AdvancedEnergy Materials」に掲載された。

高効率にエネルギーを変換・貯蔵することが可能なバッテリーは、SDGsの達成およびカーボンニュートラルの実現に向けて重要な技術要素と位置付けられている。その開発項目の1つとして挙げられているのが、バッテリーの安全性の向上だ。

たとえばリチウムイオン電池(LIB)は安全性の面で、リチウム(Li)が酸素と接触すると激しく燃焼するリスクがある。こうした現象は、電池を構成する酸化物正極材料(Li-遷移金属複合酸化物)から酸素が抜けて、電解液などと反応することが原因であると考えられている。これを防ぐためには、酸素脱離現象の理解が不可欠とされるが、これまでのところ酸素脱離がどのように進行し、何が材料中の酸素を不安定化するのかなどは明らかにされていなかった。

このような背景のもと研究チームは今回、LIBに用いられる酸化物正極材料「LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2」(NCM111)を対象とした評価を実施した。評価には、NCM111における酸素脱離現象を、対象試料の化学組成を電気料による調整する「クーロン滴定法」が用いられ、以下の2点が見出されたという。

  1. NCM111は約5mol%の酸素を格子から失っても還元分解しない
  2. 酸素脱離が進行するほど、LiとNiが格子位置を交換し元々の層状構造が乱れてランダム化する
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    (a)クーロン滴定法の実験装置模式図。(b)クーロン滴定により評価されたLiNi1/3Co1/3Mn1/3O2の酸素脱離挙動。約5mol%の酸素が格子から脱離しても、LiNi1/3Co1/3Mn1/3O2は分解しないことが実験的に示された (出所:共同プレスリリースPDF)

これは酸素脱離が起こると電池特性が低下することを示唆しているとする。そして、実際に通常サンプルと酸素脱離サンプルの電池特性について評価が行われたところ、還元処理により充放電容量が低下することが確認できたという。

さらに酸素脱離メカニズムの詳細な評価を実施。その結果、NCM111では酸素脱離の初期段階では「Ni3+」が選択的に還元し、Niの還元が止まると「Co3+」が還元し始めること、また5mol%程度の酸素脱離ではMnは価数変化しないことが明らかとなったとする。

  • リチウムイオン電池

    (a)軟X線吸収分光測定による酸素脱離時における還元挙動の評価。(b)NiのL吸収端スペクトル。酸素脱離初期では、Niが選択的に還元する様子を確認することができたという。これはつまり「Niが還元することで酸素脱離が進行する」ということを示すものであり、Ni3+の存在が酸素の安定性を低下させることが予想されるとした。(c)Ni3+増加による酸素脱離の促進 (出所:共同プレスリリースPDF)

さらに、意図的にNi3+量を増加させたNCM111を用いて酸素脱離挙動の評価が行わたところ、Ni3+が多い材料では、通常の材料よりも酸素脱離が活発に起こる様子が確認されたとのことで、これらの結果に基づいて、遷移金属が高価数状態にあることが酸素の不安定化につながるという新しい仮説が提唱されることとなったという。

遷移金属酸化物はリチウムイオン電池だけでなく、ナトリウムイオン電池、カリウムイオン電池、マグネシウムイオン電池、アニオン電池など、さまざまな次世代型蓄電池にも使われる材料で、今回用いられた評価手法は、次世代型電池材料にも適用することが可能であり、ここから得られる知見はさまざまなタイプの次世代型電池の開発に役立つことが期待されると研究チームでは説明している。