宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月17日、小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰ったサンプルの引き渡しを報道陣へ公開した。これまで約半年間、サンプルはJAXA相模原キャンパスにてキュレーション作業を進めてきたが、いよいよ、JAXA外での科学分析が始まり、はやぶさ2のサイエンスは次の段階へ大きく進むことになる。
キュレーションの第1段階が完了
はやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰ったサンプルの総量は約5.4g。この貴重なサンプルを本格的な研究に活用していくため、まずはどんなサンプルが入っているのかカタログ化(初期記載)し、国内外の研究者に対し、情報を提供する必要があった。これがキュレーション作業の大きな目的である。
研究目的により、必要となるサンプルは異なる。たとえば、有機物について研究したいチームには、有機物を多く含んでいそうなサンプルが必要だろう。その選別のため、個々のサンプルについて、光学顕微鏡画像(色・形・大きさ)、分光データ(鉱物種)、重さといった情報を取得してきた。
サンプルの中には、2mm以上の大きな粒子が合計203個あったが、これは個別に記載。それより細かい多数の粒子については、7つの容器に分け、容器ごとにまとめて記載したという。サンプルの科学的価値を損なってしまっては意味が無いため、JAXAのキュレーションチームは細心の注意を払い、半年間、作業を進めてきた。
はやぶさ2の津田雄一プロジェクトマネージャは、「今日は我々にとって大きなマイルストーン。いよいよJAXA外にサンプルを出して、高度な技術を持っているプロフェッショナルのもとで、より詳細な組成や物性の分析が始まる」とコメント。これらのサンプルからは、すでに水や有機物の存在を示唆する特徴が確認されており、「期待を裏切らないワクワクする物質」と太鼓判を押した。
今後、サンプルがどのように分配されるのかについては、以下の図を見て欲しい。今回、サンプルが提供されるのは、初期分析の6チームと、キュレーションフェーズ2(高次キュレーション)の2チーム。提供される重量は、初期分析に0.3g以下、フェーズ2に0.2g以下で、大きな粒子203個のうち、50個程度がこの中に含まれるそうだ。
提供は、6月1日より開始。準備できたサンプルから順次提供しており、すでに、初期分析の5チーム、フェーズ2の1チームには引き渡し済み。今回報道に公開されたのは、フェーズ2の高知チームへの引き渡しで、この中には、サンプルキャッチャーA室から採取した直径4mm、重さ20mg弱の粒子が含まれている。
なお当初の予定と比べると、初期分析は15%→6%、フェーズ2は10%→4%へと減っているが、この元々の数字はサンプル量が0.1g想定だったときのものだ。はやぶさ2がその50倍以上ものサンプルを持ち帰ったため、割合が減っても量としてはかなり増えており、分析には十分。その分、将来へ保管する量を40%から60%へと増やすことができた。
初期分析とフェーズ2では何をする?
初期分析チームは、これから約1年をかけてサンプルを詳しく分析し、科学的成果を論文としてまとめていく。1年という限られた期間で最大の成果を得るため、テーマごとに以下の6つのチームを編成し、並行して分析を進める計画。これら6チームには、14カ国、109の大学と研究機関、269名の研究者が参加しているとのこと。
- 化学分析チーム
- 石の物質分析チーム
- 砂の物質分析チーム
- 揮発性成分分析チーム
- 固体有機物分析チーム
- 可溶性有機物分析チーム
初期分析の目的は、はやぶさ2プロジェクトの科学目標である太陽系の起源と進化、地球の海や生命の原材料物質に関し、成果を上げることだ。初期分析チームを統括する橘省吾氏(東京大学大学院理学系研究科 教授)は、「この6チームはオーケストラのようなもの。全体が揃って初めてハーモニーが奏でられる。すべての楽器が重要」と述べ、今後の成果に期待した。
一方、キュレーションのフェーズ2では、キュレーション技術そのものの向上を目的としている。キュレーションを統括する臼井寛裕氏(JAXA宇宙科学研究所 地球外物質研究グループ長)は、「JAXAのサンプルリターン技術もキュレーション技術も、今ある優位性を確固たるものにして、リードを広げていく必要がある」と強調する。
ここで臼井氏が「次を見据えている」として言及したのは、2024年度の打ち上げを予定している「火星衛星探査計画」(MMX)だ。このプロジェクトでは、世界初となる火星圏からのサンプルリターンを目指している。地球への帰還は2029年を予定しており、ここから、火星衛星のサンプルのキュレーション作業が始まることになる。
臼井氏は、「キュレーション技術も止めず、もっと良いものにしていきたい。そこで、技術を持った専門研究機関と協力し、開発してもらった技術を次に活かすことにした」と説明する。ここでの成果は、MMXで活用するほか、はやぶさ2サンプルのカタログの充実化にも利用していくそうだ。
フェーズ2では、以下の2チームが活動する。
- 三朝(みささ)チーム 岡山大学惑星物質研究所
- 高知チーム 海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所
三朝チームリーダーの中村栄三氏(岡山大学惑星物質研究所 特任教授)は、「三朝では、有機物も無機物も金属もどんな物質でも対応できるシステムを作り上げている」と説明。サンプルは6月2日に引き渡され、その日のうちに三朝に運び解析に入り、「すでに大量の水と有機物を確認している」と、速報結果を伝えた。
さらに「はやぶさ2サンプルの分析で、太陽系の成因、生命物質の起源や進化など、非常に確実に理解できるようになるだろう。はやぶさ2の偉業は今後間違いなく、歴史に残るマイルストーンになる。毎日ワクワクしている」と、興奮を隠さなかった。
高知チームリーダーの伊藤元雄氏(JAMSTEC高知コア研究所 主任研究員)は、「高知では、他のいろんな研究機関、科学だけでなく工学の人達も交えて、惑星物質科学をもっと高めていくことを主眼に置いて活動している」と説明。
伊藤氏は前職で、米国の彗星探査機「Stardust」が持ち帰ったサンプルの分析に関わった経験を持つ。はやぶさ2のサンプルは同日受け取ったばかりで、これから大型放射光施設「SPring-8」に持ち込んで分析を始めるそうだが、「各研究者が出した成果を統合し、はやぶさ2のサイエンスに貢献したい」と意気込んだ。
キュレーション作業の現場が公開
また同日、JAXA相模原キャンパスでは、キュレーション作業の現場である「地球外試料キュレーションセンター」(ESCuC)も報道陣に公開された。はやぶさ2用のクリーンルームの中では、ちょうど2名のスタッフによるキュレーション作業が行われているところで、マニピュレータを使い粒子をピックアップする様子を見ることができた。