富山大学は6月16日、1つの抗体で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の野生株だけでなく、多種の変異株(アルファ株、ベータ株、カッパ株、デルタ株など)を防御できる高力価(IC50:12~45ng/ml)なヒト型・モノクローナル中和抗体(開発番号:28K)を開発することに成功したと発表した。また、この中和抗体(28K)は「1つの抗体で多種の変異株の感染を阻害できる」という、2021年6月16日時点でもっとも理想的な抗体であると考えられるため、「スーパー中和抗体」と命名したことも合わせて発表された。
同成果は、富山大 学術研究部医学系 臨床分子病態検査学講座の仁井見英樹准教授、同・免疫学講座の岸裕幸教授、同・小澤龍彦准教授、同・微生物学講座の森永芳智教授、同・感染症学講座の山本善裕教授、同・大学 学術研究部工学系 遺伝情報工学講座の磯部正治教授、同・黒澤信幸教授、富山県衛生研究所ウイルス部の谷英樹部長らの共同研究チームによるもの。
富山大は高いレベルで抗体を作製しその性能を評価できる技術を有しており、14の国内外特許を取得している。それらの技術を組み合わせることで、目的とする抗体を作製するのにこれまで2か月以上かかっていたところを1~2週間で済ませることができるとする。今回のスーパー中和抗体も、富山大の技術力を結集して開発されたという。
SARS-CoV-2は、主にウイルス表面にあるスパイク(S)タンパク質がヒト細胞表面のACE2受容体に結合することで感染することが知られている。スーパー中和抗体は、そのSタンパク質に直接結合し、各種変異株の特異的エピトープ(抗体が認識するウイルスなどの抗原の部位)に被ることなくACE2との結合を阻害することから、SARS-CoV-2の多種の変異株に対しても感染を防御することが可能だという。
実際、スーパー中和抗体は以下のSARS-CoV-2の野生株と変異株に対して感染防御が可能であることが確認されている(わかりやすくするため、変異株名には旧名称の国名・地名も併記)。
- 野生株:武漢で最初に発見されたSARS-CoV-2ウイルスの原型
- B.1.1.7(Alpha/英国):スパイク(S)タンパク質にあるヒト細胞表面のACE2受容体と結合する部分(RBD)にN501Y変異を有する
- B.1.351(Beta/南アフリカ):Sタンパク質のRBDにK417N/E484K/N501Y変異を有する
- B.1.617.1(Kappa/インド):Sタンパク質のRBDにL452R/E484Q変異を有する
- B.1.617.2(Delta/インド):Sタンパク質のRBDにL452R/T478K変異を有する
- B.1.427/429(Epsilon/カリフォルニア):Sタンパク質のRBDにL452R変異を有する
なお、「P.1(Gamma/ブラジル)」もB.1.351(Beta/南アフリカ)と同じ変異部位に「K417T/E484K/N501Y」変異を有するため、スーパー中和抗体が同様に感染防御できると思われるとのことだが、現在中和活性測定を実施中とのことである。
今回のスーパー中和抗体の開発に対し、共同研究チームはまず、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の回復患者の血清中の中和活性を測定し、高力価の中和抗体を持つ患者を選定するところからスタートし、その後、その患者の末梢血B細胞の中から、Sタンパク質に強く結合する抗体を作っているB細胞が選定された。さらに、そのB細胞から抗体遺伝子が取り出され、遺伝子組換え抗体が作成されたという。
その遺伝子組換え抗体の中から中和活性の特に高い、つまり感染防御能力に優れた抗体が特定された。それが、複数の変異株に対しても感染防御を行えるスーパー中和抗体だという。
スーパー中和抗体は人工的に作製できるため、COVID-19の治療薬として役立つことが期待されるとする。利用法として、軽症・中等症から急激にウイルスが増殖し重症化に移行する段階で迅速に投与すると、重症化を強力に抑制できる(=救命率向上に貢献できる)と考えているとした。
またスーパー中和抗体はSARS-CoV-2の既存の変異しやすい部位ではなく、ヒト細胞に感染するためには変異できない重要な部位と結合するものと推定されている。それにより、今後も新たな変異株が出現する可能性が高いが、それらに対しても防御できる可能性があるという。つまり、SARS-CoV-2がヒト細胞に感染しようとするSARS-CoV-2である以上、どれだけほかの部分が変異しても対応でき、新規変異株流行を早期に制圧できる可能性を秘めているという。
富山大は今後、製薬会社との共同事業化などにより実用化に向けた対応を急ぎたいと考えているとしている。