生理学研究所(NIPS)、生命創成探究センター(ExCELLS)、富山大学の3者は5月18日、蚊の唾液がカプサイシン受容体「TRPV1」、ワサビ受容体「TRPA1」という2つの痛みセンサーの機能を抑制して鎮痛を起こしていることをマウスにおける実験から明らかにし、加えてそのマウス自身の唾液にも同様に鎮痛効果があることを確認したと発表した。

同成果は、NIPS/ExCELLSの富永真琴教授、関西大学 システム理工学部の青柳誠司教授、富山大 学術研究部 薬学・和漢系の歌大介准教授、NIPSのDerouiche Sandra元特任助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、痛覚に関する学術誌「PAIN」にオンライン掲載された。

蚊に血を吸われると、かゆみが生じる。その吸血の様子を観察すると、長く伸びた口針で皮膚を切り開くが、その口針が細いため痛みを感じにくいと考えられており、「無痛性穿刺(むつうせいせんし)」と呼ばれている。また、口針を刺す際に、多量の唾液を出すことが知られているが、この唾液には血液を凝固しにくくしたり、肥満細胞に働いてヒスタミンを放出させたりし、そのヒスタミンがかゆみをもたらすものとされている。

口針を刺すときに多量に分泌することから、蚊の唾液は無痛性穿刺にも関係がありそうなイメージだが、実のところは唾液成分の無痛性穿刺への関与はこれまでよくわかっていなかったという。

そこで共同研究チームが今回、感覚神経にあるカプサイシン受容体であるTRPV1とワサビ受容体であるTRPA1に注目。いずれも痛み受容体としても知られており、鎮痛に関わっている可能性があると考えられることから、蚊の唾液とTRPV1とTRPA1の関係性を調べることにしたという。

  • 蚊の吸血

    今回の唾液を採取した蚊はアカイエカ。産卵時期に、より栄養価の高いタンパク質を得るため、メスだけ吸血する (出所:共同プレスリリースPDF)

調査の結果、蚊の唾液は濃度依存的にヒトのTRPV1とTRPA1の機能を抑制することが明らかになったという。また実験において、蚊の唾液だけでなくマウス自身の唾液もマウスのTRPV1、TRPA1の機能を抑制したことから、唾液のTRPV1、TRPA1に対する効果は普遍的であることが考えられるともしている。

  • 蚊の吸血

    ヒトのカプサイシン受容体TRPV1、ワサビ受容体TRPA1の電流への蚊の唾液の効果。蚊の唾液は電流による刺激を抑制した (出所:共同プレスリリースPDF)

さらに研究チームでは、蚊の唾液の中から、TRPV1とTRPA1の機能を抑制する成分の特定に向けた調査を実施。その結果、95℃で20分の熱処理を行ったところ、TRPV1とTRPA1に対する抑制効果が実際になくなったことを確認したとするほか、マウスの唾液も同様に、熱処理でTRPV1とTRPA1は機能抑制効果を失ったことを確認したという。

この成果を踏まえ、唾液に含まれるタンパク質「シアロルフィン」に個体レベルで鎮痛効果があることがこれまでに報告されていることから、シアロルフィンの効果検討を実施。その結果、シアロルフィンは濃度依存的にヒトのTRPV1とTRPA1の機能を抑制することが明らかとなり、シアロルフィンが蚊やマウスの唾液のTRPV1とTRPA1の阻害効果に重要であることが判明したとする。

  • 蚊の吸血

    マウスでのカプサイシンあるいはアリルイソチオシアネート(TRPA1刺激剤)による痛み関連行動への蚊の唾液の効果。痛み関連行動として痛みのある足を舐める行動が観察され、蚊の唾液によってそれが抑制された (出所:共同プレスリリースPDF)

また、個体レベルでの鎮痛効果を検討するために、マウスの足の裏にカプサイシンやワサビ成分「アリルイソチオシアネート」を投与し、痛み関連行動の観察を行ったところ、蚊の唾液により、痛み関連行動が抑制されることが確認できたとするほか、足に機械刺激を加えると脊髄の神経が興奮するが、このような脊髄の神経の興奮も蚊の唾液で抑制されることがラットを用いて明らかとなったという。カプサイシンによるラットの脊髄の神経興奮は、やはりシアロルフィンにより抑制されることも確認されたとする。

  • 蚊の吸血

    機械刺激による脊髄の神経興奮への蚊唾液の効果。ラットの足に機械刺激を加えて脊髄の神経の興奮(発火頻度)が計測された。蚊の唾液によって発火頻度が減少することが確認された (出所:共同プレスリリースPDF)

これらの結果を踏まえると、蚊やマウスの唾液が痛みセンサのTRPV1とTRPA1の機能を阻害して鎮痛をもたらしていると結論されるに至ったと研究チームでは説明する。また、我々ヒトを含む多くの動物がケガをしたときに傷口を舐めるが、その理由の1つは唾液による鎮痛の可能性があるともしており、研究チームでは、シアロルフィンをはじめ、唾液に含まれる成分の研究が新たな鎮痛薬開発につながる可能性があるとしている。