今年は例年に比べて暖かい冬ですので、すでに花粉が気になる気温になっています。花粉症で悩まれている方は、一度は鼻を水で洗ってみたことがあるのではないでしょうか? その時真水で洗ってしまい、鼻の奥が痛くなる経験をした方もいると思います。そんな時、鼻の奥では何が起こっているのでしょうか?

鼻や目の粘膜に水が触れると痛い

普段の生活で鼻に水が入ってしまうことは、なかなかないと思います。でも、夏場のプールであれば、殆どの人が一度は経験しているのではないでしょうか? そう、あの鼻の奥が「ツーン」とする独特のいやな痛みです。

  • ツーン

ケガのように痛みが何時間も何日も続くわけではないのですぐ忘れてしまいますが、プールに慣れていない子供にとっては得体のしれない不快な感覚なので、水泳を嫌いになる1つの原因になっているかもしれません。この「ツーン」とした痛みを、私たち日本人は全く違うところで経験しています。それは、ワサビを食べ過ぎた時の「ツーン」です。ボクシングの経験者や美容、理容の関係者であれば知っていると思いますが、アンモニアでも似たような嫌な「ツーン」が起きます(ボクシングでは気付け薬、理美容ではヘアカラー剤に含まれます)。

水は鼻の奥では「ツーン」とした痛みを起こしますが、他の部分ではどうでしょうか? 目に真水が入ってしまった時にも、弱い痛みを感じる人が多いと思います。水は生命の源と言われ、非常に安全なものだと信じられていますが、身体の一部では痛みの原因となるのです。

なぜ、鼻や目に水が入ると痛くなるのか?

私たちの体の6割は水分で出来ていますが、そこには不可欠なものとして塩分が含まれています。その塩分濃度は約0.9%で、この濃度の食塩水は生理食塩水と呼ばれさまざまな医療現場で利用されています。水道水やプールの水は塩分濃度がほぼ0%で、この塩分濃度の違いが痛みの原因となります。

鼻の奥や目には痛みを感じる神経細胞があり、その細胞膜は薄い塩分濃度の水を濃い方に移そうとする働きがあります(半透膜の性質)。塩分濃度の薄い水が細胞膜に触れると、濃度の濃い細胞の内側の水を薄めようと移動し、その結果、細胞が膨れます。細胞が膨れるということは、細胞にとって危険な状態であり、それを察知する細胞の感覚センサーが反応し、痛み情報として脳に伝えます。それが、水が鼻の奥に入ったときに起こる、あの「ツーン」とした独特の痛みなのです。

では、なぜ皮膚に水がかかっても痛くないのでしょうか? それは、皮膚は角質層という死んだ細胞で覆われており、表皮に埋まっている神経まで水が届かないからなのです。ただ、ケガや火傷で角質層が痛んだ場合は、神経まで水が届くこともあり、擦り傷を水で洗うと痛いことがあるのは鼻の奥や目と同じことが起きているからだと考えられています。

参考:なぜ冷たいと感じる温度が人によって違うのか - マンダムが解明

「ツーン」の原因となるTRPチャネルとその機能

この「ツーン」の原因となる細胞の感覚センサーは「TRP(トリップ)A1」といい、「温度」と「化学物質」を同時に検知することができるセンサーである「TRP(トリップ)チャネル」の仲間です。わたしたちは10種類の役割が異なる「TRPチャネル」をもつことがわかっていますが、特に痛みのセンサーとして重要な役割を持つのが「TRPV1」と「TRPA1」です。

「TRPV1」は唐辛子の主成分のカプサイシンに反応し、熱い感覚に近い「ヒリヒリ」とした痛みを起こします。それは「TRPV1」が熱い温度に反応するセンサーであり、カプサイシンは温度とは関係なく「TRPV1」を反応させるので、温度が上がっていないにも関わらず熱い感覚が起こるのです。

鼻の痛みの原因と考えられている「TRPA1」はなぜ水で反応するのでしょうか? それは、細胞が水に触れた時に、細胞が膨れることが「TRPA1」を反応させることにつながるためです。面白いことに、この「TRPA1」はワサビの主成分であるイソチオシアン酸アリルやアンモニアによって反応することが知られています。つまり、水、ワサビ、アンモニアにより鼻の奥で起きるあの嫌な「ツーン」は「TRPA1」が反応して起こる同じ感覚だと考えられています。

  • TRPチャネル

TRPの活用して刺激を低減

マンダムでも、これらの細胞の感覚センサーであるTRPチャネルの研究を重ねて、嫌な刺激を減らし、快適に使用できる製品の開発につなげています。

化粧品を使ったときに、ヒリついたり、チクチクしたり、不快な感覚刺激を感じたことはありませんか? 研究チームは、そのような感覚刺激を起こす成分の研究を進めていく中で、「TRPV1」と「TRPA1(ワサビやカラシの主成分に反応する)」の反応で感覚刺激の度合いをはかることが出来ることを見出しました。

この評価方法を使って、「ヘアカラー」が頭皮に付いてしまった時に起こる、不快なピリピリとした感覚の原因が「TRPA1」であることを見出し、その不快な感覚刺激を低減する方法を開発、痛みの少ない「ヘアカラー」へと応用展開しています。また、鼻の奥で起きる細胞が膨張したときの痛みが目でも起きていることを応用し、目にしみにくい「クレンジングローション」の実現へとつながりました。

私たちは、細胞の感覚センサー「TRPチャネル」が、どのような仕組みで「感覚をコントロールしているのか」だけでなく、どのようにして「皮膚の細胞をコントロールしているのか」にも着目して研究を進めています。

「TRPチャネル」はわたしたちの身体のさまざまな場所で、温度や化学物質のセンサーとして重要な働きをしています。この「TRPチャネル」の研究は、生活者のより快適な生活の創出につながるものと考え、研究チームでは、今後もさらにそのメカニズムの解明と活用に取り組んでいきたいと思っています。