広島大学、名古屋大学(名大)、プロダクティブ・エイジング研究機構、岐阜大学、ハバナ・トレーナーズルームの5者は5月14日、イップスを発症しているアスリートでは、動作遂行に関連する特徴的な脳活動が見られることを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、広島大大学院 医系科学研究科/名大大学院 医学系研究科の渡邊龍憲助教、プロダクティブ・エイジング研究機構の吉岡潔志研究員、岐阜大 工学部機械工学科の松下光次郎准教授、ハバナトレーナーズルームの石原心代表らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
熟練したスポーツのアスリートや音楽家において、繰り返しの練習によって当たり前にできていた動作が、ある日突然できなくなるという症状が古くから知られている。アスリートでは「イップス」、音楽家では「ミュージシャンズ・ジストニア」と呼ばれており、「練習により熟練し自動化された競技動作の遂行障害」とされる。
イップスの発症は競技成績に大きく影響するため、プロアスリートにとっては選手生命にも関わるような重要な問題だが、神経生理学的な運動制御機構のどこに問題が生じているのかについては、今のところよくわかっていない。
これまでの研究で、ヒトが運動を行う際、感覚運動野において「事象関連脱同期」(event-related desynchronization:ERD)と呼ばれる特徴的な脳波が、企図した運動の準備段階や運動中において見られることが報告されていた。このERDの増強は、運動を行うための神経系の興奮性増加と、運動抑制系の機構の減弱を反映していると考えられるとする。クルマに例えるなら、エンジンをかけて、パーキングブレーキを外して走り出す準備を整えるようなイメージだろう。
また、運動終了時に見られる「事象関連同期」(event-related synchronization:ERS)と呼ばれる脳波は、運動野やその関連ネットワークの積極的抑制を反映している。これは、アクセルを緩めたり、ブレーキをかけたりするようなイメージだ。ともあれ、このような運動制御に関連する脳波の特徴は報告されていたが、競技動作の崩壊が主症状であるイップスとの関連については不明だったのである。
そこで今回、研究チームが結成した研究ユニット「Yips Lab.Japan」が実施することにしたのが、イップスを発症しているアスリートの協力を得て、運動と脳波の関連を調べる実験だ。年齢・性別・競技歴をマッチさせた対象群に対して、センサーをつまむ力を調節する課題動作を行ってもらい、その際の脳波測定を行うという内容である。
この課題動作の遂行開始時点において、イップス群ではERDの有意な増強が見られることが確認された。また、開始した動作の調整中における脳波に関しては群間で差が見られなかった一方、動作終了時のERSが増強していることが明らかとなった。これらのことから、イップスを発症しているアスリートでは、以下の3点が示唆されるという。
- 運動開始や終了といった動作のON/OFFの切り替えのタイミングにおいて運動制御に特徴が見られること
- 運動開始時におけるERDの増強から、動作を強くイメージする傾向があることや、不必要な筋活動の抑制がうまくできていないこと
- 終了時におけるERSの増強から、力の調節に大きな労力を費やしていること
イップスは、野球の投球やゴルフのパター、弓道やアーチェリー、ダーツといった射的競技など、幅広いジャンルにおけるさまざまなスポーツ競技動作においてその症状が見られる。特定の動作を対象としたデータ収集が困難なことから、学術的な研究は少なく、個人の経験を頼りに克服方法や治療方法が模索されてきた。
しかし今回の研究により、非常に簡単な動作であっても、イップス発症者は特徴的な動作遂行戦略を非意識下で採用している可能性が示唆された。今後、科学的知見に基づく、イップス克服のための介入方法の確立につながることが期待されるとしている。