広島大学は5月14日、複数種類の新型コロナウイルス変異株に結合してウイルスを無力化する完全ヒト抗体を10日間で人工的に作り出す技術を開発したことを発表した。

同成果は、広島大学大学院医系科学研究科免疫学の保田朋波流 教授、下岡清美 助教、同研究科ウイルス学の坂口剛正 教授、同研究科小児科学の岡田賢 教授、溝口洋子 助教、同大学トランスレーショナルリサーチセンターの横崎恭之 教授、西道教尚 助教、京都大学ウイルス・再生医科学研究所の橋口隆生 教授らの共同研究グループと、庄原赤十字病院および県立広島病院とによる共同研究によるもの。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染したヒトの体内では、ウイルスに結合するさまざまな抗体がつくられ、その後、細胞に侵入してこようとするウイルスに対して結合し、妨害する中和を行うことで、感染者の重症化が抑制され回復を早めることが分かっている。海外では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬として、中和抗体を投与する臨床試験が進められているが、国内においても、新たに感染拡大するウイルスに対して効果が保証された抗体医薬を迅速に供給できる体制を構築することが重要と考えられるようになりつつあるという。

そこで研究グループは今回、新柄コロナに感染し、その後回復した重症度の異なる複数の患者を対象に血液を採取。血清中に含まれる抗体の分析を実施したところ、感染から2週間以上経過しているすべての回復患者がウイルスに結合するIgG抗体を獲得していたものの、その約4割はウイルスを中和する活性が弱いか検出感度以下であることも判明したという。また酸素吸入を必要とした重症者とそうでない軽症者を比較したところ、重症者の8割が中和抗体を獲得していたのに対し、軽症者では2-3割にとどまることも判明したとする。

  • 新型コロナウイルス

    新型コロナウイルス感染回復者がもつ血清抗体の解析結果 (出所:広島大学Webサイト)

こうした背景から高い中和活性を示した重症患者の血液検体を優先的に選び、中和抗体をもったB細胞を独自に開発したプローブを用いて選別・単離するなどすることで、新型コロナウイルスに結合するヒトIgG抗体を人工的に作成することに成功したという。

  • 新型コロナウイルス

    新型コロナウイルス中和抗体取得工程。同技術を用いて5-20ng/mLという微量でも中和効果を示し、多重変異ウイルスを含む変異ウイルスに結合する新型コロナウイルス抗体を取得することができたため、今後、新たな変異ウイルスが出現した場合であっても迅速に中和抗体治療薬を作り出せるようになることが期待されるという (出所:広島大学Webサイト)

こうして作成された抗体から従来の新型コロナウイルス(武漢型)に強く結合する32種類の抗体を選び出して解析したところ、そのうち97%の抗体は武漢型だけでなく英国変異株(N501Y変異)にも強く結合することが確認されたほか、多重変異を有する南アフリカ変異株(K417N/E484K/N501Y変異)に結合する抗体も63%ほどあることが確認されたとする。

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    人工的につくりだしたIgG抗体が新型コロナウイルス変異株に結合する能力 (出所:広島大学Webサイト)

これらの結果について研究グループでは、南アフリカ変異株などの多重変異ウイルスに対しては自然感染やワクチン接種によってもたらされる抗体の効果が日本人においても弱まることが示唆されたとしており、多重変異株感染の動向に注意し、多重変異株に効果のあるワクチンや中和抗体などの対抗策を早期に準備しておく必要があると考えられるとしている。

今回の研究から、新型コロナに結合する抗体があっても中和活性が誘導されていないことが再感染に寄与している可能性が示唆されたことから、研究グループでは、既感染者やワクチン接種者の免疫の有無についてはウイルスに結合する抗体だけでなく、中和抗体の有無についても評価することが感染拡大防止に重要であると考えられると指摘。今回取得した中和抗体については、実績ある製薬企業などとの連携により早期の医薬品化を目指すとしているほか、継続してインド変異株などの新たな脅威となる多重変異ウイルスに対する中和抗体の取得を目指すともしている。