千葉工業大学(千葉工大)は4月26日、瞳孔径の大きさに対する時間的な複雑さと左右瞳孔の対称性の解析により、「注意欠如多動症(ADHD)」の覚醒や注意機能を担う脳活動の異常をリアルタイムに推定する技術を開発したと発表した。

同成果は、千葉工大 情報科学部 情報工学科の信川創准教授、国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 児童・予防精神医学研究部の白間綾リサーチフェロー、魚津神経サナトリウムの高橋哲也副院長(金沢大学 子どものこころの発達研究センター 協力研究員/福井大学 学術研究院 医学系部門 客員准教授兼任)、昭和大学医学部の戸田重誠准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

ADHDは不注意と多動・衝動性を特徴とする、高い罹患率を持つ発達障害として知られている。患者の生活に深刻な心的・社会的影響を及ぼすことから、早期診断に続く適切な治療や支援が重要とされており、現在は問診を主体とした診断が行われているが、将来的には客観的で定量的な生物学的指標の実現が求められている。

  • ADHD

    ADHDの主な症状 (出所:千葉工大プレスリリースPDF)

そうした背景のもと、今回の研究チームでは瞳孔が閉じたり開いたりする変化に注目した研究を行ったという。この瞳孔が閉じたり開いたりする変化(瞳孔径の時系列の挙動)が、近年の研究により、周囲の光の影響だけでなく、覚醒や注意などのADHDに関連する認知機能に関わる神経活動を反映することが明らかになってきためだという。

しかし、瞳孔径を制御する神経系は、交感神経と副交感神経の二重支配を受ける複雑なシステムであることから、これまでは瞳孔径挙動のADHDに特徴的なパターンの抽出は困難とされていた。

  • ADHD

    瞳孔径の制御神経系。両外側の太い実線の矢印と枠が交感神経のルートで、中側の二重線が副交感神経のルート。交感神経系では、青斑核→上頸神経節→瞳孔径拡大というルートで、左右独立している。それに対して副交感神経系では、青斑核→EW核→毛様体神経節→瞳孔径括約というルートのうち、青斑核から反対側のEW核へのルートがあり、同じ側と反対側の両方に伝わる。この構造上、青斑核の活動が高まると副交感神経系を介する左右瞳孔の相互依存度が高まる (出所:千葉工大プレスリリースPDF)

そうした中、研究チームが着目したのが、瞳孔径時系列データに含まれる複雑性、左右瞳孔の対称性で、これまでの研究から、これらが瞳孔径の制御に関わる交感神経系と副交感神経系の活動、そして大脳の覚醒や注意に関わる脳部位「青斑核」の活動を反映することが知られるようになり、青斑核の活動異常はADHD患者に広く見られることも確認されるようになっていたとする。

そこで今回の研究では、ADHDの瞳孔径時系列データを解読するため、瞳孔径時系列データの複雑性、左右瞳孔の対称性の解析を実施。その結果、ADHDの被験者の瞳孔径は、健康な被験者よりも大きいことが判明。特に、未治療のADHD被験者においては、複雑性と対称性が低下することも明らかとなったとする。

  • ADHD

    健常成人群・ADHD群・未治療のADHD群における瞳孔径の大きさ(上)と複雑性(サンプルエントロピー、中)、対称性(移動エントロピー、下)。ADHD群はどちらも瞳孔径が健常成人群よりも大きいことがわかる。一方、未治療のADHD群は複雑性と対称性が低いことがわかる (出所:千葉工大プレスリリースPDF)

さらに、機械学習によりADHDの判定確率を出力する判別器の構築が行われた結果、瞳孔径の大きさの場合が最も高い判定精度を示すことが確認されたとするほか、複雑性と対称性は判定精度では、瞳孔径の大きさの場合よりも劣るが、それらを複合的に組み合わせることで、瞳孔径の大きさを単体で使用した場合の判定精度よりもさらに精度を向上させることに成功したという。

覚醒や注意機能の異常は、自閉スペクトラム症(ASD)や統合失調症をはじめとする精神疾患に多く見られる症状だという。そのため、このような疾患においては、瞳孔径の時系列挙動に、単一の評価指標では捉えられない何らかの変化が生じると推測されるとしており、研究チームでは、瞳孔径の大きさや時系列のパターン、左右の瞳孔径の対称性を個別に評価するのではなく、複合的/相補的に評価することで、このような精神疾患の診断における補助となる生物学的指標の確立に寄与できることが考えられるとしている。