4月になり、学校では新学期が始まった。前回の記事で、宇宙飛行士訓練を教育現場に活用しようという、Space BD×Z会グループ×JAXAの新教育プログラム「DiscoveRe Method(ディスカバリーメソッド)」の背景や目的を紹介した。
予測不能な変化に対応する力や新たな価値を想像する力などIQで測れない力、ざっくりと「人間力」、専門的には「非認知スキル」と呼ばれる能力が、今世界中で求められている。だが、日本人は高くないとも言われるようだ。
文部科学省(文科省)は2021年度以降、中学校や高校などで新しい学習指導要領をスタートさせる。 知識や技能に加え、「未知の状況にも対応できる『思考力・判断力・表現力』」や「学びに向かう力・人間性」をバランスよく育んでいくとするものだ。
しかし、これらのスキルはどうやって高めるのだろう?
そもそも、数学のように正解がはっきりしているものと異なり、人間力や非認知スキルをどうやって客観的に測るのか。その物差しのベースを「宇宙飛行士」に求めたのが、DiscoveRe Methodの特徴である。
宇宙飛行士の能力が物差しになるとは、どういうことだろう?
NASAやJAXAは宇宙飛行士として望ましい行動と心構えについて「自己管理」「コミュニケーション」「異文化理解」「チームワーク」「状況認識」など8つの能力を定義し、宇宙飛行士選抜や訓練でこれらの能力についてさまざまな手段で評価している。
同プログラムはJAXAの協力を得て、宇宙飛行士の能力定義や訓練手法の観点から、これまで定義の難しかった非認知スキルを可視化し、成長したかどうかを評価しようというのだ。
プログラムは、大きく3段階で進められる。まずスキルチェック・セルフチェックで自分の非認知スキルを客観的・主観的に評価する。 その後、探究活動や修学旅行・文化祭などの教育活動を実施。再度セルフチェック(主観的評価)を行う。これらチェックの診断結果は後日、「自己分析レポート」の形で学校に送られてくる。その結果を踏まえて生徒自信が今後の目標などを「振り返りシート」に記入する。
この事業は経済産業省の先端的教育ソフトウェア導入実証事業(EdTech導入補助金)に採択され、2020年度は公私立中学・高校15校計5000名以上が参加した。
東京都国分寺市にある早稲田実業学校では中等部の3年生6クラス234名に対して2020年10月~12月、「総合的な学習の時間」を使ってプログラムを実施。 スキルチェック・セルフチェックの後、JAXA宇宙教育センターから招いた講師が「惑星移住」について説明。 その後生徒たちはグループに分かれて、移住の際どんな生き物を連れていくかをテーマに議論を深めていった。
「JAXAの専門家が話す題材や提示して下さった材料が面白くて生徒たちが楽しんでやっていました。」(同校 玉井邦彦先生)
議論の結果について生徒たちがプレゼン資料を作成。まずクラス内選抜、最終的には各クラスの代表がホールで発表し、JAXA講師から講評をもらう。その後、再びセルフチェックを行うという流れだ。 同校中等部3年生の担任である玉井邦彦先生は「まず(非認知スキルという)価値観があると知ること。その観点から自分が意識していなかった特性を知り、気づきや活動によってその特性がどう変わったか。それらは自分を知ることに繋がる」と生徒の気づきの重要性を説く。
生徒たちの様子については「グループディスカッションをしている時、その後に英語の小テストがあると、こそこそ勉強している生徒がいたりします。そんな時は『人間力下がってるなぁ』と生徒の近くでぼそっとささやく。チームのミッションがあるのにそれに参加せず、自分だけ点を取ろうとするなんて、社会に出たら通用しない。それに気づくのが大事。でもそういう子が増えているのは事実。だからこれは凄くいい機会だと思います。」(玉井先生)
新潟県の公立中高一貫校の場合
DiscoveRe Methodに参加したもう1つの学校の例を紹介しよう。
新潟県新潟市立高志中等教育学校だ。お話を伺ったのは上野昌弘校長。同校では中1~5年生(高2に当たる)各学年約120名に対してプログラムを実施した。 まず、プログラムを導入した理由について伺うと「人間力を育成するという趣旨に大変共感したからです」と上野校長は語る。
「元々中学校の校長で、2年前に本校に着任する前はずっと中学校で働いていました。だから高校の経営計画の最初に『大学進学実績』が書かれていてびっくりしました。そして実際に1年間学校を運営してみて、様々な思春期特有のトラブルや、授業についていけない等の事態があり、子供たちの活動も活発とはいいがたい状況であることがわかりました。これからの時代、見える学力ではなくて人間力が大事なのに、評価も育てることも主眼に入ってない状況であり、子供の将来のために何とかしなければならないと感じていました。人間力や非認知スキルを見える化するのは難しいことですが、このプログラムを一つのスタートにしてどうやって伸ばしていくか。そこに共鳴したわけです」。
同校は11月から本プログラムを実施。公立学校では年間計画に入っていないプログラムを後付けで入れるのは難しい。そこでCBT(Computer based Testing)の形をとり各自が学校や自宅のパソコンでスキルチェックやセルフチェックを行い評価を受ける形をとった。2回のセルフチェックの間に文化祭が入った生徒もいれば入っていない生徒もいたが、まずは目的を「自己理解」とした。
生徒や先生の反応はどうだったのか。 「チェック後に送られてくる、自己分析シートは『自分をコントロールする力』『他の人と関わる力』『課題に取り組む力』という3つの観点から自分自身をふり返り、評価される。そのことについては、子供たちは非常に新鮮に感じていたようです。3つの観点を客観的に示すという点は大いに評価できると思います」。上野校長はそう評価し、次に課題を続けた。
「その自己評価をもとに自分の生活をどう見直すか。それが真の自己理解となり、このプログラムの大事な点です。ここにはまだ改善の余地があると感じました。」
たとえば自己分析レポートはできるだけ具体例が欲しい。「自分をコントロールする力や他の人と関わる力が自分にあるかないかは、なかなかわからないものです。『なんでこの評価なのか?』と生徒が疑問を抱いたとき、具体的に『あの時この場面でこういう言動をとったよね』と示せばわかりやすい。例えば部活動の試合で友達がミスしたときに『何やってるんだよ!』と責めるのと『ドンマイ』と元気づけるのとでは振り返った時に、自分の見え方が違ってきますよね」
どの場面でどんな行動をしたか(どんな行動を選択するか)、それは望ましい行動だったのか否か。本プログラムのレポートで言えば、例えば「他の人と関わる力」では宇宙飛行士に求められる「コミュニケーション」や「チームワーク」などの観点から設問が出されているが、それぞれの項目に対して『あなたの場合はこういう場面でこういう行動をとる傾向があります』などとその子なりの具体的なレポートがあると、より振り返りやすいとのこと。
「プログラムを作る段階から(Space BDの)永崎社長とも議論をしましたが、(セルフチェックやスキルチェックの)設問で出される場面でどんな行動をとるべきか、子供は迷うと思います。悩んだ時が自己内省のきっかけであり、学びのチャンスです。実生活での自分の言動が、自己コントロールや他者と関わる力などにどう関係するのか自覚するきっかけになり、行為に繋げていくことが本プログラムの大変いい点だと思います」(上野校長)
さらに、生徒自身が書く振り返りシートについても「今の自分を知り、その先にどんな自分になりたいのか。明日の自分、1年後、さらに大人になった自分。夢やキャリアパスポートと関連付けられるといい」という。
上野校長が注目するのは「伸びしろ」。
人間力や非認知スキルと学力は相関があって、正しく絡めていけば伸びるという実感をもっている。伸び方をみるためにも、継続的にやっていきたい。
今年度は助成を受けて実施しており継続には費用が必要だが、「受験学力だけあればなんていう保護者は今どき珍しいですよ。豊かな人間力を持った上で、できれば大学受験も頑張ってほしいと。本質的にこれからの時代を生きていくにはこういう力(非認知スキル)が必要だということをご理解頂けるのではないかなと思っています。教育委員会は『やるのはいいよ、予算はないけど』と賛成してくれています(笑)」