米国航空宇宙局(NASA)は2021年3月24日(日本時間)、火星ヘリコプター「インジェニュイティ(Ingenuity)」の試験飛行に向けた準備状況について発表。早ければ4月8日にも初飛行に挑むと明らかにした。

飛行に成功すれば、地球以外の惑星で飛行する初の航空機となる。そしてその技術によって、将来の火星探査が大きく、そして飛躍的に進むことが期待されている。

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    火星探査車パーサヴィアランスに搭載されているインジェニュイティ。3月21日にはカバーが外された。現在は飛行を行うための場所へと移動中である (C) NASA/JPL-Caltech/MSSS

インジェニュイティ

インジェニュイティはNASAジェット推進研究所(JPL)が開発した小型の無人ヘリコプターで、インジェニュイティとは「創意工夫」や「発明の才」といった意味をもつ。

機体はソフトボールほどの大きさで、質量は約1.8kg。太陽電池とバッテリーでモーターを回して飛行する。飛行に成功すれば、地球以外の惑星で飛行する初の航空機となる。

インジェニュイティは現在、今年2月18日に火星に着陸した探査車「パーサヴィアランス」のお腹の部分に搭載されている。3月21日には、インジェニュイティを保護するために取り付けられていたカーボンファイバー製のカバーを分離。そしてパーサヴィアランスによって、飛行を行う「飛行ゾーン」へ向けて移動中の状態にある。

この飛行ゾーンは、パーサヴィアランスの着陸場所の近くに設定された10m×10mの広さの場所で、平らで障害物がないという理由で選ばれた。

パーサヴィアランスはこの飛行ゾーンの中央で、約6火星日(地球時間で約6日と4時間)かけ、慎重にインジェニュイティを降ろす。そして、パーサヴィアランスは退避する。

一方でインジェニュイティは、太陽電池による充電や、パーサヴィアランスとの通信確立など行い、続いてモーターに電源を入れてローターを動かしたり、飛行制御ユニットの確認をしたりなど、やはり慎重に準備を進める。そして、すべての準備が整えば、試験飛行へと移る。

初飛行は早ければ4月8日にも試みられる予定で、1秒間に約3ft(約1m)の速度で上昇し、地表から約10ft(約3m)の高さで最大30秒間ホバリング。その後、地表に着陸することになっている。

飛行の様子は、インジェニュイティに搭載されているセンサーやカメラによって記録されるほか、パーサヴィアランスもカメラを使って見守る。運用チームはそれらのデータを分析し、飛行の成否を判断する。

試験飛行は30火星日(31地球日)間が予定されており、この間、数回の試験飛行が行われる。

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    インジェニュイティの想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

なお、インジェニュイティはあくまで技術実証機であり、前述のようにカメラを積んでいるだけで、科学観測を行うための機器は積んでいない。

JPLでインジェニュイティのプロジェクト・マネージャーを務めるミミ・アウン(MiMi Aung)氏は「インジェニュイティは実験的な工学試験機であり、火星で飛行できるかどうかを確認するためのものです。私たちはこの30火星日の間に、取得したいすべての工学的データを得られると確信しています」と、意気込みを語った。

インジェニュイティが実証に成功すれば、将来的にはより本格的な火星ヘリコプターを送り込み、“空からの視点”を活かし、これまでにない探査活動を行える可能性が出てくる。

たとえば探査車に先んじて飛び、科学的に興味深い場所を探したり、障害物を検知して探査車の安全な走行に役立てたりすることができる。さらに、探査車では訪れることが難しい崖や洞窟、深いクレーターなどを探査したり、観測機器などの物資を運んだりすることにも役立つかもしれない。

NASAの惑星科学部局のディレクターを務めるローリ・グレイズ(Lori Glaze)氏は「1997年、私たちは初の火星探査車『ソジャーナー』によって、火星探査の方法を完全に一新させました。インジェニュイティも同じように、将来の火星探査に大きな変革をもたらすでしょう。今回の実証試験では、その可能性を探りたいと思っています。成功すれば私たちの視野をさらに広げ、そして火星探査で可能なことを範囲を広げることになるでしょう」と語る。

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    インジェニュイティが飛行を行う想像図 (C) NASA/JPL-Caltech

インジェニュイティにこめられた創意工夫

火星で動力飛行を行うことは、きわめて難しい。

火星には地球の約3分の1に相当する、比較的大きな重力がある一方で、大気はきわめて薄く、大気圧は地球の約1%、高度30kmに相当する薄さしかない。

また、火星の地表に届く太陽のエネルギーは、地球の昼間の約半分に過ぎず、さらに夜間の気温はマイナス90℃にもまで下がる。

くわえて、パーサヴィアランスに搭載できるように、機体をコンパクトにしなければならない。

そのため、探査機はできる限り小さく軽く造られているほか、できる限り大きな揚力を得るため、二重反転ローターを装備している。そして、モーターの駆動にくわえ、極寒の火星の夜を耐えるためヒーターも稼働させることから、電源系は高い効率で動くよう造られている。

さらに、火星と地球との間は遠く離れていることから、電波が届くのに片道5~20分ほどもかかるため、ラジコンヘリのように地上から操縦することはできない。そこで、センサーとコンピューターを使い、完全に自律して飛行できるようになっている。

希薄な空気中でのローターの性能から、太陽電池、ヒーター、その他の部品など、すべてのシステムはNASA/JPLの真空チャンバーや実験室で試験が繰り返されてきた。

インジェニュイティのチーフ・エンジニアを務める、JPLのボブ・バララム(Bob Balaram)氏は「6年前に開発を始めて以来、私たちが歩んできた一歩一歩は、航空機の歴史において未知の領域でした。飛行以前に、地表に展開すること、火星の夜を乗り切ること、すべてが大きな挑戦になるでしょう」と語る。

ちなみに、インジェニュイティの内部には、地球上で初めて動力飛行に成功した、ライト兄弟の「ライトフライヤー」の実機に使われていた素材の一部が搭載されている。

はたしてインジェニュイティは、ライトフライヤーのように航空機の歴史に名を刻むことができるか。大いなる挑戦がまもなく始まる。

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    インジェニュイティの実機 (C) NASA/JPL-Caltech

参考文献

NASA Ingenuity Mars Helicopter Prepares for First Flight
Ingenuity Landing Press Kit | Introduction
Mars Helicopter - NASA Mars