米国の宇宙企業「ロケットラボ」は2021年3月1日、新型ロケット「ニュートロン」の開発計画を発表した。

同社はこれまで、小型ロケット「エレクトロン」によって小型・超小型衛星を打ち上げてきたが、ニュートロンはその約25倍の打ち上げ能力をもつ中型ロケット。小型衛星を数十機まとめての打ち上げや、惑星探査機、有人宇宙船などの打ち上げ事業に使うという。

同社はスペースXの「ファルコン9」ロケットと真っ向勝負し、取って代わる存在になると意気込む。

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    ニュートロンの想像図 (C) Rocket Lab

ニュートロン

ロケットラボ(Rocket Lab)は米国に本拠地を置く宇宙企業で、ニュージーランドと米国にロケットの生産施設や射場を構え、エレクトロンと名付けられたロケットを打ち上げている。

エレクトロンは地球低軌道に最大300kgの打ち上げ能力をもち、小型・超小型衛星(質量100kgから数kg級の衛星)を打ち上げることに特化した、超小型ロケット(micro launcher)に分類される。この分野ではトップランナーの地位にあり、これまでに16機の打ち上げに成功。日本の宇宙ベンチャーの衛星を含む、97機もの小型・超小型衛星を打ち上げてきた。

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    ロケットラボが現在運用中のエレクトロン (C) Rocket Lab

今回発表されたニュートロン(Neutron、中性子)は全長40m、直径4.5mの2段式ロケット。推進剤はエレクトロンと同じく、全段に液体酸素とケロシンを使うが、エンジンなどは新規開発となる。

打ち上げ能力は、地球低軌道へ最大8tで、地球観測衛星や通信衛星の大半を打ち上げられる。また、月へは2t、火星や金星へも1.5tの打ち上げ能力をもち、月・惑星探査機の打ち上げにも使えるとしている。

さらに、第1段機体は洋上のプラットフォームに着陸できるようになっており、高い打ち上げ頻度と、コストの削減を実現するとしている。ただ、具体的な打ち上げコストの目標値などは明らかになっていない。

第1段機体の回収、再使用は、スペースXのファルコン9がすでに実用化しており、ロケットラボもエレクトロンの第1段を回収、再使用する計画を進めている。

ニュートロンの打ち上げ場所は、米国バージニア州にある、NASAワロップス飛行施設のミッドアトランティック・リージョナル・スペースポート(MARS)から行われる。MARSでは現在、エレクトロン用の発射施設の開発が進んでおり、それを活用することで、新たな発射施設を建設する必要がなく、打ち上げまでのスケジュールを早めることができるとしている。

同社によると「エレクトロンの技術やノウハウ、発射場、アーキテクチャーを活用することで、ニュートロンは非常に破壊的な低コストを実現することができます」としている。

初打ち上げは2024年の予定だという。

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    エレクトロン(左)と、ニュートロン(右)を比較した図 (C) Rocket Lab

メインターゲットは衛星コンステレーション

ニュートロンの低軌道に8tという打ち上げ能力は、エレクトロンと比べると約25倍も大きい。一方、米国の主力大型ロケットであり、現在世界で最も多く打ち上げられているスペースXのファルコン9と比べると約半分しかない。

このような中型ロケットを新たに開発する理由について、同社の創設者でCEOのピーター・ベック(Peter Beck)氏は「ロケットが大きいことは必ずしもいいことではないのです」と語る。

「近年、数十機から数万機もの小型衛星を編隊で運用する『メガ・コンステレーション』の構築が活発になっています。こうした衛星群を効率よく構築するためには、異なる軌道面に向け、複数の衛星をまとめて打ち上げる必要があります。しかし、その1回あたりの打ち上げ質量は、(ファルコン9のような)大型ロケットがもつ打ち上げ能力よりもはるかに小さく、コスト面、効率面で問題があります。ニュートロンの低軌道に8tという打ち上げ能力は、まさにこうした打ち上げにとってちょうどいい、理想的なサイズなのです」。

またメガ・コンステレーションの衛星打ち上げ以外にも、大型ロケットでは実現が難しい、高い即応性・頻度の打ち上げも可能だとし、軍や政府機関、民間向けに、そうした打ち上げサービスも提供するとしている。さらに国際宇宙ステーション(ISS)への補給ミッション、そして有人宇宙飛行にも対応できるという。

同社によると「ニュートロンは、2029年までに打ち上げが予想される衛星の約98%を打ち上げることができます」としている。

ベック氏は「ニュートロンはファルコン9に直接取って代わるロケットになるでしょう」と意気込む。

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    ニュートロンのフェアリングの試作品と、その前に立つロケットラボの創設者でCEOのピーター・ベック氏 (C) Rocket Lab

「もし大きなロケットを造ったら帽子を食べてみせる」

ロケットラボはニュートロンの発表と同日、ヴェクター・アクイジション(Vector Acquisition)との合併も発表した。ヴェクター・アクイジションは近年話題のSPAC(特別買収目的会社)で、合併によりロケットラボはIPO(新規株式公開)をせずに株式公開できるようになった。これによって得られた資金をもとに、ニュートロンの開発が進められることになる。

同社はこれまで、数々の野心的な計画を進め、そして実現しつつある。そもそもエレクトロンの開発や運用からして、技術面、ビジネス面でかなり野心的なものであった。

ベック氏は「私たちはエレクトロンで、マイクロ・ローンチャーというロケットの分野で新たなカテゴリーを開拓しました。そしてニュートロンで、ふたたび新たなカテゴリーを開拓したいと考えています」と語る。

同社はまた、エレクトロンを使って複数の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入したり、月探査機を打ち上げたりするための小型ロケット段「フォトン(Photon)」を開発。すでに打ち上げと飛行実証に成功しており、米国航空宇宙局(NASA)から月探査機「キャップストーン(CAPSTONE)」の打ち上げ契約も受注している。

さらに昨年5月には、フォトンの技術を活用し、2023年ごろに自社開発した金星探査機を打ち上げ、金星の大気や生命体の調査を行う計画も発表しており、ニュートロンを月・惑星探査にも使うと明言されたことからも、その計画が生き続けていることがうかがえる。

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    エレクトロンを使って複数の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入したり、月探査機を打ち上げたりするための小型ロケット段のフォトン (C) Rocket Lab

もっとも、いかに野心的な企業とはいえ、ニュートロンのようなエレクトロンより大きなロケットを開発することは、これまで計画されていなかった。そればかりかベック氏は以前「もしエレクトロンより大きなロケットを造ることになったら帽子を食べてみせるよ」とさえ発言している。「帽子を食べてみせる(I'll eat my hat)」というのは、「絶対にしない」という自信を表す英語の慣用句である。

しかし今回、その発言を翻して、ニュートロンの開発を発表したことで、ベック氏は約束どおり、本当に帽子を食べる様子を動画で公開した。

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    過去の発言と矛盾する形でニュートロンの開発を発表したことを受け、約束どおり「帽子を食べる」ベック氏 (C) Rocket Lab

参考文献

Rocket Lab Unveils Plans for New 8-Ton Class Reusable Rocket for Mega-Constellation Deployment | Rocket Lab
Neutron | Rocket Lab
Investor Information | Rocket Lab