慶應義塾大学(慶大)、滋賀医科大学、理化学研究所(理研)の3者は2月18日、国産治療薬の開発につながると期待される、低濃度でも細胞への新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を完全に防ぐことのできる中和抗体を作り出すことに成功したと発表した。
同成果は、慶大医学部 リウマチ・膠原病内科学教室の竹内勤教授、同・竹下勝特任助教、慶大 先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門の佐谷秀行教授、滋賀医科大 疾患制御病態学部門の伊藤靖教授、理研 生命医科学研究センター 分化制御研究チームの福山英啓副チームリーダー、理研 生命機能科学研究センター タンパク質機能・構造研究チームの白水美香子チームリーダー、国立感染症研究所 免疫部の高橋宜聖部長、同・森山彩野主任研究官らの共同研究チームによるもの。慶大医学部・同大学病院が一丸となって新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を克服するために開始された「慶應ドンネルプロジェクト」の一部として実施されたものだという。
新型コロナウイルス(SARS-Cov-2)は、ウイルス表面にある「Spikeタンパク質」がヒトの細胞膜上の「ACE2タンパク質」と結合することをきっかけに、細胞への侵入を開始することがわかっている。よく、Spikeタンパク質がカギ、ACE2タンパク質がカギ穴に例えられている。この結合を阻害することができれば、ウイルスの侵入を防ぐことができると考えられ、そのような作用のある物質は、治療薬候補として世界中で探索されている。
ウイルスに感染した患者は体内の免疫機構が働き、抗体と呼ばれる防御因子が作られるようになる。抗体は病原体の色々な場所に結合することで、ウイルスの活動を阻害し、排除する方向に働く仕組みを持つ。中でも、ウイルスの活性に重要な部位に結合してその機能を阻害し、ウイルスを不活性化する能力を有する抗体は「中和抗体」と呼ばれている。
SARS-CoV-2においては、Spikeタンパク質に結合し、ACE2タンパク質との結合を防ぐことで中和抗体は効果を発揮する。一部の国では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)から回復した患者の血液から血漿を採取し、感染中の患者に投与するという血漿療法を実施中だ。この治療では、主に血漿中の中和抗体が治療効果を発揮していると推測されている。
この中和抗体を人工的に作り出し、薬として投与することができれば、COVID-19感染患者の体内に存在するウイルスが細胞に感染するのを防ぐことができると考えられている。
実際にアメリカでは2020年11月に、ふたつの中和抗体製剤がアメリカ食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可を得て、患者への投与が開始された。効果に関する研究報告はまだ限られているが、軽症から中等症までの患者におけるウイルス量の減少効果と入院患者数を減らしたという報告が発表されている。抗体療法は血漿療法と比較して、中和抗体価の高い回復患者からの献血を必要としない点や、輸血に伴う感染症のリスクがない点で優れていると考えられているのである。
共同研究チームはまず、COVID-19回復患者の血清中の中和抗体価を測定し、高い中和抗体を持つ患者の血液から、Spikeタンパク質に対する抗体を作っている免疫細胞(B細胞)の採取を実施。次に、その細胞が作っている抗体の遺伝子配列を特定し、その配列を基にして研究室で人工的に抗体の作製が行われたのである。その数は400種類以上にも及んだ。
続いて行われたのが、このようにして作製された数多くの抗体の中から、Spikeタンパク質とACE2タンパク質の結合を阻害する効果が高い抗体の選定だ。特に優れた抗体について、国立感染症研究所で確立された手順に従い、感染力のあるSARS-CoV-2と抗体を反応させた後に細胞に加えることで、抗体が細胞へのウイルス感染をどの程度防げるのかを調べる中和実験が行われた。
その結果、1μg/mlという低濃度でも細胞へのウイルス感染を完全に防ぐことのできる抗体を11種類特定することに成功したという。これらの抗体は治療薬として実用化できる可能性があると考えられており、現在は動物を用いて効果を確認する実験が行われる段階に移行したとしている。
これらの候補抗体について、COVID-19に特異的な治療薬の候補としてさらなる開発を進めるため、慶大医学部と田辺三菱製薬株式会社の間で共同研究契約が締結された。国産の治療薬として、早期の実用化を目指すとしている。