宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2021年1月28日、深宇宙探査技術実証機「DESTINY+」のシステム開発を担当する企業について、NECを選定したと発表した。

DESTINY+は2024年度に打ち上げ予定の小型探査機で、ふたご座流星群の母天体である小惑星「ファエトン」の探査などを行うとともに、小型探査機による深宇宙探査を可能にするための技術実証を行うことを目指している。

NECはDESTINY+の全体システム、サブシステムの設計や製造・組み立て・試験を行うほか、とくに重要な搭載機器であるイオン・エンジンや薄膜軽量太陽電池パドルの開発も担当する。

  • DESTINY+

    深宇宙探査技術実証機DESTINY+(Demonstration and Experiment of Space Technology for INterplanetary voYage, Phaethon fLyby and dUst Science)のイメージCG (C) JAXA/カシカガク

DESTINY+とは?

DESTINY+(デスティニー・プラス)は、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)が開発している小型探査機である。

打ち上げは2024年度の予定で、小型探査機による将来の低コストかつ高頻度で持続的な深宇宙探査を可能とするための技術実証を行うとともに、航行中に星間ダストや惑星間ダスト(固体微粒子)を捕集して分析したり、ふたご座流星群の母天体である小惑星「ファエトン(Phaethon、フェートンとも)」のフライバイ探査を行ったりなどの探査活動も行う。

DESTINY+という名前も、その目的の英文「Demonstration and Experiment of Space Technology for INterplanetary voYage with Phaethon fLyby and dUst Science」を略したものである。

NECはこのDESTINY+のシステム担当として、実証機の全体システム、サブシステムの設計や製造、組み立て、試験を実施。また実証機に搭載する主要機器の開発や供給も行う。

イオン・エンジンは、NECがシステム設計を担当し、「はやぶさ」や「はやぶさ2」でも実績のある「μ10」の能力向上版を搭載。また、「はやぶさ2」では3基同時運転していたが、DESTINY+では4基同時運転ができるように改良し、推力の増強を図る。

  • DESTINY+ら

    はやぶさ2のイオンエンジン「μ10」。DESTINY+にはこの能力向上版を搭載する (筆者撮影)

また、μ10を4台同時運転するのに必要な大電力を供給するため、世界最高クラスの出力密度を誇る薄膜軽量太陽電池パドルを初めて本格的に採用する。これは薄膜で柔軟な太陽電池セルを、同じく柔軟な炭素繊維強化プラスチック(CFRP)のシートに貼り付け、それを軽量なフレームで支えるという構造をしたもので、出力密度(W/kg)は従来の2倍以上という、世界最高レベルの性能を達成。開発にはNECも携わっており、2019年に打ち上げられた「革新的衛星技術実証1号機」で技術実証に成功している。

さらに、イオン・エンジンの推力増強に伴う発熱量の増加や、太陽光の直射を受けたり、日陰ではマイナス270℃になったりといった激しい温度変化に耐えられるよう、先端的な熱制御系のシステム設計も実施するとしている。

そして、「はやぶさ」、「はやぶさ2」で活用した惑星探査システムを安全で確実な運用を可能とする自動、自律システムをベースとしたシステム開発を行い、確実なミッション達成を目指すとしている。

NECは、1990年1月に打ち上げられた工学実験衛星「ひてん」の開発に始まり、近年の金星探査機「あかつき」、小惑星探査機「はやぶさ2」など、さまざまな月・惑星探査プログラムにおいて、中心的な役割を果たしてきた。同社は「こうした月・惑星探査プログラムを通じて科学探査のための探査機・衛星システムの設計製造および運用のノウハウを資産として蓄積しています。この資産を最大限活用して、実証機が果たすべきミッションを完遂できるよう取り組み、日本の深宇宙探査の継続・発展および宇宙の利活用促進に貢献します」とコメントしている。

  • DESTINY+

    革新的衛星技術実証1号機による、軽量太陽電池パドルの宇宙空間での展開実証の様子 (C) JAXA

DESTINY+の目標と将来

DESTINY+が開発される背景には、ISASを中心とする学術コミュニティが、2013年に「宇宙科学・探査ロードマップ」をまとめたことがある。

この中では、「イプシロン高度化等を活用した低コスト・高頻度な宇宙科学ミッションを実現するべく、衛星探査機の小型化・高度化技術などの工学研究課題に取り組む」、「太陽系探査科学分野は、最初の約10年を機動性の高い小型ミッションによる工学課題克服・技術獲得と先鋭化したミッション目的を立て、10年後以降の大型ミッションによる本格探査に備える」という目標が立てられている。

たとえば小惑星探査機「はやぶさ」、「はやぶさ2」は、比較的強力なロケットで直接深宇宙へ送り込まれたが、DESTINY+は、4段目に高性能なキック・ステージ(小さなロケット)を追加した「イプシロンS」ロケットで、まず地球周回軌道に投入。そして搭載しているイオン・エンジンを噴射して軌道高度を上げ、月を利用したスイングバイによって地球圏を脱出し、深宇宙へと入るという航路をたどる。

小型ロケットや大型衛星の相乗り機会を活用して打ち上げられるようにすることで費用を抑えるとともに、燃費のいい電気推進エンジンと高度な軌道計画を併用し、地球周回軌道から自力で深宇宙へ飛べるようにすることで、小型ロケットによる深宇宙探査を実現する。

そして、この技術を活かすことで、将来的にさまざまなミッションペイロードを深宇宙に輸送可能な「深宇宙探査プラットフォーム」となる探査機バスを開発し、前述の「宇宙科学・探査ロードマップ」で定められた目標を実現することを目指している。

また、小惑星ファエトンに対して、相対速度33km/s以上で接近、通過(フライバイ)し、カメラにより表層の観察を行う「フライバイ探査」を行うことで、フライバイ探査の技術を獲得し、探査可能な天体を増やすことも目的のひとつとなっている。ISASの開発チームは「太陽系にはフライバイでしか探査機できない小天体が数多くあり、高速フライバイ探査技術の獲得は、探査対象を一気に拡大することにつながります」とコメントしている。

さらに、工学実証にとどまらず、理学的な探査活動も行う「理工一体のミッション」であることもDESTINY+の特徴である。小惑星ファエトンのフライバイ探査を通じて、その活動的な小惑星の謎の解明を目指すとともに、ファエトンに至るまでの惑星間空間と、ファエトンのフライバイ探査中には、地球への有機物供給源と考えられるダストのダストアナライザを用いたその場分析を行い、組成、質量、速度、到来方向の調査も実施。太陽系や生命の起源、進化の謎に迫ることもできる、貴重なデータが得られると期待されている。

  • DESTINY+

    DESTINY+のイメージCG (C) JAXA/カシカガク

参考文献

深宇宙探査技術実証機DESTINY+システム担当企業の選定 - DESTINY+
NEC、JAXAの深宇宙探査技術実証機「DESTINY+」プロジェクトにシステム担当として参画 (2021年1月28日): プレスリリース | NEC
Mission - DESTINY+
革新的衛星技術実証1号機 PRESS KIT
宇宙科学最前線 2004.3 No.276