京都大学(京大)は1月30日、「ワイル強磁性体」において、電子スピンの流れである「スピン流」と電流の間で優れた変換効率を実現できることを発見したと発表した。
同成果は、京大大学院 工学研究科 電子工学専攻のLivio Leiva博士課程学生、同・白誠司教授、ニュージーランド・ヴィクトリア大学ウェリントンのSimon Granville博士らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会学術誌「Physical Review B」にオンライン掲載された。
数学の中に、トポロジー(位相幾何学)と呼ばれる学問がある。その考え方は、「コーヒーカップとドーナツは(貫通した)穴がひとつ(コーヒーカップは持ち手の部分)なので、相互に変換が可能である」という例がよく挙げられる。これは、図形や立体などが持つ不変な指標に着目する学問であることを意味しており、一見、コーヒーカップとドーナツではまったく形が異なるように見えるが、共通部分を持っているということである。物質科学におけるトポロジー的な性質も同様であり、物質の状態が連続的に変化しても、その変化に影響されない不変な指標に着目するという観点に立っている。
トポロジーを物質科学に適用することで発見されたのが、「トポロジカル物質」群だ。その仲間には、「トポロジカル絶縁体」や「トポロジカル超伝導体」、「ワイル物質」などがある。これらのトポロジカル物質中では、電流のように発熱という形でエネルギー散逸が発生しないスピン流(スピン角運動量の流れ)による情報伝播が理論的に可能だ。こうしたトポロジカル物質ならではの特性を活かすことで、超低消費エネルギー演算、外場による攪乱に強い量子計算の実現が期待されており、2010年代に入ってから世界的に研究競争がヒートアップしている状況である。
そして国際共同研究チームが今回着目したのが、磁石の性質を持ったワイル物質である「ワイル強磁性体」だ。
ワイル物質とはどのような物質かというと、「ワイル粒子」が存在できる物質のことをいう。ではそのワイル粒子は何かというと、簡単にいえば仮想粒子の一種だ。相対論的な運動をする電子を既述する方程式において、特に質量をゼロとしたときに得られるフェルミ粒子(電子など、1/2のスピンを持つ粒子)のことを指す(実際の電子には質量がある)。そして強磁性体とは、物質中のスピンがすべて同一方向に向いた物質のことであり、そのために磁石の性質を持つのである。
国際共同研究チームがワイル強磁性体に着目した理由は、スピン情報を出せるだけでなく、ワイル物質特有のトポロジカルな効果である電子状態のねじれゆえに、スピン流を高効率に電流に変換することが予想される点だという。
スピン流が高効率に電流に変換されることにどのようなメリットがあるのかというと、まずスピン流の特徴のひとつとして、保存できないというものがある。また、電流計などのように直接測定する手法もないため、電流など、別の物理量に一度変換しないとならないのである。こうしたことからスピン流から電流へと高効率に変換できることは、トポロジカル物質を工学的にデバイスなどに応用する際(それをスピントロニクスという)に重要となるのだ。
ワイル強磁性体としては、一般に「ホイスラー合金」と呼ばれる合金が適していることが判明しており、そこでヴィクトリア大のGranville博士らが開発したCo2MnGaが今回の研究用のワイル強磁性体として選ばれた。
Co2MnGaを用いた電極で作り出されたスピン流が、銅ワイヤーを介してもうひとつのCo2MnGa電極に注入されたところ、強磁性体としては最高のスピン流=電流変換効率である「-19%」(マイナス符号は電流の流れる向きを表す)が確認された。この効率は、現在知られているすべての材料における変換効率の中でも最高レベルにあり、Co2MnGaに勝る変換効率を示しているのは、-33%のタングステンのみだという。
このような高い変換効率を実現した理由としては、Co2MnGaが持つ電子状態のねじれが生み出す物質内部の「有効磁場」という仮想磁場が寄与しているものと考えられるとしている。
国際共同研究チームは今後の目標として、タングステンを超える変換効率を有するトポロジカル物質の開発を挙げる。また今回の成果により、ワイル強磁性体はスピン流を効率的に生み出すと同時に効率的に計測することも可能であることが実証された。これを活かすことで、オールワイル物質からなる超低消費エネルギー情報伝播・演算システムの創出が期待できるとしている。