早稲田大学(早大)は1月18日、脳の「頭頂葉」に頭表から微弱電流を与え、脳活動を変化させることで、右利きの実験参加者において、右手より左手を使う頻度を高めることに成功したと発表した。

同成果は、早大 人間科学学術院の平山健人大学院生、同・大須理英子教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

物をつかむ際に左右どちらの手を使うかは、利き手の方が頻度が高くなる。半々の確率で右手と左手を使い分ける境界線である「選択均衡線」を引いた場合、右利きの場合は右手をより頻繁に使うエリアが広くなるため、このラインは少し左に寄ったところとなる。左利きの場合は反対に少し右に寄ったところになるわけだ。ちょうど真ん中のエリアでは、そのときどきに右手か左手か、脳内で無意識のうちにどちらを使うか判断が行われている。

これまでの研究では、脳の活動を計測するfMRIによって、手を選択するときには左右両半球の脳の後頭頂葉が活動することが報告されていた。また、磁気刺激(単発TMS)によって左の後頭頂葉の活動に瞬間的にノイズを付加すると、右手の選択が妨害されることも判明している。

しかしその効果は瞬間的であり、シナプスの可塑的変化を誘導し、後頭頂葉の活動を持続的に高めたり弱めたりしたときの影響はわかっていない。さらにいえば持続的な効果がないため、リハビリテーションで麻痺した手を使うことを促す治療として応用するには難しいという問題があった。またこれまでの研究では、左右の後頭頂葉が対称的に関係しているという結果と、左側の後頭頂葉が主に関係しているという結果があり、左右の後頭頂葉がどのように関係しているかが十分にわかっていなかったのである。

大須教授らは、経頭蓋直流電気刺激(tDCS)がシナプスの可塑的変化を誘導し、刺激された脳部位の神経活動を数時間程度の間、持続的に高めたり弱めたりできることに着目。今回の研究において、右利きの実験参加者を対象に、tDCSを使った実験を行った。

実験内容は2種類。左側の後頭頂葉の活動を弱めるのと同時に右側の後頭頂葉の活動を高める刺激と、反対に左側の後頭頂葉の活動を高めるのと同時に右側の後頭頂葉の活動を弱める刺激が実験参加者に対して行われた。そして、この2種類それぞれの刺激が、右手と左手を半々の確率で使うライン(選択均衡線)にどのような変化を及ぼすかが調べられたのである。

  • リハビリ

    (左)さまざまな位置に提示されるターゲットに、左右どちらかの手を伸ばす。青線は体の中心を示しており、赤線は右手と左手を半々の確率で使う選択均衡線を示している。右利きの実験参加者は、選択均衡線が体の中心よりも左側にくることがわかっている。(右)実験の様子(上から見た図)黒い丸(ターゲット)に対して、左右どちらかの手を素早く到達させるという内容。-75から75度の9点のランダムな位置に、24回ずつランダムな順序でターゲットを提示し、各ターゲットに対してどちらの手を使ったかが計測された (出所:早大Webサイト)

実験では物をつかむ代わりに、参加者は左右どちらかの手、パソコン画面上の色々な位置にランダムに出現する黒い丸(ターゲット)に手を素早く到達させるという課題が行われた。tDCS刺激前、刺激中、刺激後にそれぞれ同じ課題が実施され、選択均衡線の変化が刺激前との比較がなされた。

  • リハビリ

    実験の手順ひとつの課題は約8分であり、tDCS刺激前、刺激中、刺激後に行われた。tDCSによる刺激は10分間行われた。各課題の前には、練習課題が設定された (出所:早大Webサイト)

結果は、左の後頭頂葉の活動を弱め、右の後頭頂葉の活動を高める刺激を行ったあと(刺激後)、選択均衡線が右側にずれて、左手担当エリアが広がることが判明。一方、左側の後頭頂葉の活動を高め、同時に右側の後頭頂葉の活動を弱めた場合は、明らかな変化はなかったという。

  • リハビリ

    (左)結果の代表例(最も変化があった1名)。刺激前の選択均衡線(薄い赤線)は左に大きく寄っており、-25度と-8度のターゲットの間にあった。しかし刺激後の選択均衡線(濃い赤線)は逆に右寄りとなり、正面(0度)と+8度のターゲットの間となった。tDCSによって、左の後頭頂葉の活動を弱め、右の後頭頂葉の活動を高めたことで、主に左手を使うエリアが広がった。(右)結果(左右手の選択均衡線の角度変化)。縦軸は、刺激前からの左右手の選択均衡線の角度変化を示しており、0度が体の中心で、プラスになるほど左手担当エリアが大きくなり、マイナスになるほど右手担当エリアが大きくなることを示している。赤が右後頭頂葉を高め・左後頭頂葉を弱めた刺激、青が右後頭頂葉弱め・左後頭頂葉を高めた刺激の結果を示したもの。青の右後頭頂葉を弱め・左後頭頂葉を高めた刺激で、刺激後に均衡線の角度が増加し、左手の使用が著しく増えたことが確認できる(左の結果と合わせて参照) (出所:早大Webサイト)

これらの結果から、tDCSで左の後頭頂葉の活動を弱め、右の項頭頂葉の活動を高める刺激を行うと、刺激終了からしばらくの間、左手を使うエリアを広くすることが明らかとなった。また左右の後頭頂葉は、左と右が同じように関係しているのではなく、非対称に関係していることも示唆された。

今回の研究成果は、手の選択に対して、左右の後頭頂葉が非対称に、そして因果的に関与していることを明らかにした。さらに、刺激をやめた刺激後にも持続的に手の選択に変化を与えることにも成功。これらの結果は、脳卒中によって体の片側が麻痺した患者に対して、麻痺した手を使うことを促す治療として応用できる可能性があるとした。

リハビリテーションの現場では、麻痺した手を再び動くように治療するが、ある程度動くようになっても、麻痺した手は、麻痺していない健康な手と比べると使いにくくなるため、健康な手でなんでもやってしまい、麻痺した手を使わなくなってしまうことがあるという。生活の中で麻痺した手を使わないと、せっかく回復した手の動きが悪くなり、さらに使えなくなってしまうのだ。

そのため、リハビリテーションにおいて、手の使用を促す治療はとても重要となっている。しかし、手の使用に介入するようなリハビリテーションはほとんど実施されていないのが現状だ。刺激によって、無意識的に麻痺した手を使うことを促すというアイデアは、新しいリハビリテーションのコンセプトを提案するものでもあるとしている。

また大須教授らは今後、より局所を刺激できる「高精細経頭蓋直流電気刺激法」という新手法を用いて、左右後頭頂葉を個別に刺激することで、左右後頭頂葉それぞれの影響を明らかにすることを検討中だ。

また、今回は右利きの実験参加者の左手の使用を増加させることに成功したが、右手の使用を増加させることはできておらず、利き手との関係も明らかではない。この問題に対し、今後は頭頂葉のみでなく、頭頂葉と前頭葉の活動の連携にも着目し、より広範囲の脳内機序について検証していきたいとした。さらにリハビリテーションにおいて、実際に脳卒中患者に効果があるかを検証し、臨床応用に向けた検討を行うとしている。