中国国家航天局は2020年12月17日、月の試料が入った探査機「嫦娥五号」のカプセルが、予定どおり内モンゴル自治区の草原地帯に着陸したと発表した。カプセルの回収にも成功したという。

月の試料を持ち帰る「サンプル・リターン」に成功したのは、米国、ソ連に続いて3か国目で、また1976年のソ連のミッション以来44年ぶりのこととなった。この成功により、中国と人類の太陽系探査は新たな段階を迎えた。

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    地球に帰還した月探査機「嫦娥五号」のカプセル。中には月の試料が入っている (C) CNSA/CLEP

嫦娥五号が挑んだ月世界旅行

嫦娥五号は、月の石や砂などの試料(サンプル)を採取し、地球に持ち帰ることを目指したミッションで、今年11月24日に中国・海南島にある文昌航天発射場から打ち上げられた。

嫦娥とは、中国の伝説で月に住む仙女の名前に由来する。2007年に月を周回して探査する「嫦娥一号」を打ち上げたのを皮切りに、月面の詳細な地図を作成した「嫦娥二号」、月面着陸に成功した「嫦娥三号」、そして史上初めて月の裏側に着陸した「嫦娥四号」など、この13年の間に数々の輝かしい成果をあげてきた。

嫦娥五号は、地球と月を往復する間の軌道変更などを担う「周回機」、採取した試料を大気圏再突入時の熱から守り、地上に届ける「回収カプセル」、月面に着陸し試料を採取する「着陸機」、そして試料を載せて月から離陸するための「上昇機」の4つのモジュールから構成されている。打ち上げ時の質量は8.2tで、月探査機としてはかなり大型の部類に入る。

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    嫦娥五号の想像図 (C) CNSA/CLEP

月へ向かう軌道に投入された嫦娥五号は、その後2回の軌道修正を行い、月へ接近。そして28日21時58分(日本時間、以下同)、月の周回軌道に入った。29日21時23分には軌道変更を行い、楕円軌道から高度約200kmの円軌道に乗り移った。

そして30日5時40分、探査機のうち月面に着陸する着陸機と上昇機を分離。月面着陸に向けて徐々に降下し、自律的に着陸に適した場所を探し出したのち、12月2日0時11分、着陸に成功した。

着陸地点は、月の西経51.8度、北緯43.1度の、「嵐の大洋」にある「リュムケル(リュンカー)山」の北側だった。

着陸機はその後、太陽電池パドルや通信用アンテナを展開し、各機器の状態の確認などを実施。そして装備した可視光・赤外線カメラや、月の鉱物を分析するための分光計、地下の構造を検出するためのレーダーを使い、着陸場所の地質の分析を行った。

同日5時53分には、装備しているドリルとロボット・アームを使い、試料の採取活動を開始。ドリルは地下約2mからの試料を採取し、ロボット・アームはカメラや分光計からのデータをもとに、地表の採取を採取した。23時ごろには採取活動が完了し、採取は上昇機へ収容された。

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    月面に着陸した嫦娥五号が撮影したパノラマ写真。月面と着陸脚やロボット・アーム、そして五星紅旗などが写っている (C) CNSA/CLEP

その後、4日の0時10分には、上昇機が月から離陸し、月周回軌道に投入。軌道を修正したのち、6日6時42分、軌道上で待機していた周回機・回収カプセルとランデヴーし、ドッキングした。さらに月で採取した石や砂を、上昇機からカプセルへ移し替えることにも成功した。6日13時35分には、不要になった上昇機を分離して投棄した。

そして、周回機のスラスターを2回に分けて噴射し、13日10時51分には月周回軌道から離脱。地球へ帰還する軌道に乗った。軌道修正を行いつつ地球に接近し、17日2時ごろ、地球から約5000kmのところで周回機からカプセルを分離した。

カプセルは2時33分に、地球の大気圏に再突入。高度約60kmまで降下したのち、一度大気圏外に飛び出し、ふたたび大気圏に再突入した。月から帰還する際には、第二宇宙速度(秒速約11.2km)に近い速度になっているため、一気に再突入するとカプセルが受ける熱や加速度が大きくなってしまう。そこで、2回に分けて再突入することで、それを緩和させることができる。これを「スキップ再突入」と呼ぶ。

カプセルは降下したのち、高度約10kmに達したところでパラシュートを展開。そして2時59分、内モンゴル自治区の北に位置する四子王旗にある草原地帯に着陸した。

その後、回収チームによりカプセルの回収に成功。このあとカプセルは北京にある中国科学院の施設へ運ばれ、試料の取り出し作業や分析が始まることになる。また一部報道では、カプセル内に0.5kgほどの試料が入っていることが確認できたという。

この試料は中国国内で分析が行われるほか、他国にも提供され、国際共同による分析も行われる。ただし、米国は法律により、中国との宇宙分野における協力などを禁止していることから、米国に試料が渡る可能性は低い。

なお、オービターはカプセル分離後、軌道変更を行い、地球への落下を回避。行き先などの詳細は不明だが、別のミッションに旅立つという。

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    地球に帰還した嫦娥五号のカプセル (C) CNSA

人類の太陽系探査は新たな段階に

嫦娥五号ミッションが成功したことで、中国は米国、ソ連に続いて、月のサンプル・リターンに成功した3番目の国となった。また人類にとっては、1976年のソ連の探査機「ルナー24」以来、44年ぶりに新しい月の試料が手に入ったことになる。

さらに、嫦娥五号が試料を採取したリュムケル山周辺は、いまから12~13億年前に起きた大規模な火山活動の結果できた場所だと考えられている。米国のアポロやソ連のルナーが採取したのは、いずれもいまから約45億前という古い時代の試料だと考えられているため、史上最も若い時代の試料が手に入った。

月の新しい時代の試料を手に入れることは、何十年もの間科学者の夢であり、それがついに叶ったことになる。これにより、月の進化と形成の歴史を知り、さらに地球や太陽系の他の世界がどのように進化してきたかを理解するのにも役立つと期待されている。

また技術的にも、大型で複雑な探査機を打ち上げ、月に着陸し、掘削と試料採取を行い、さらに月面から打ち上げ、月周回軌道でランデヴーとドッキングし、そして地球に帰還するという、技術的に難しいさまざまな工程を、すべて自律的に成し遂げたという点で大きな成果となった。また、2007年の中国初の月探査機である嫦娥一号の打ち上げから、わずか13年で成し遂げたことも考えると、大変な偉業であるといえよう。

中国は今後、月の南極に着陸して探査する「嫦娥七号」の打ち上げを2023年に計画しているほか、2024年には嫦娥五号の同型機である「嫦娥六号」を打ち上げ、月の南極からのサンプル・リターンを行う計画もあるとされる。さらに2028年には、嫦娥七号の同型機となる「嫦娥八号」を打ち上げ、同じく月の南極に着陸し、探査を行うという話もある。また、観測機器の提供などでフランスが協力するという。

月の南極には水(氷)があると考えられており、そのメカニズムや埋蔵量について理解することは科学的に意義があると同時に、将来の有人月探査の役にも立つことが見込まれる。

中国はまた、月への飛行に使える新型の有人宇宙船の開発も進めており、さらにまもなく大型の宇宙ステーション「天宮」の建造と、中国人宇宙飛行士の長期滞在も始まることから、将来的には有人月探査を行うことも狙っているとみられる。

さらに現在、火星に向けて探査機「天問一号」が飛行しており、金星や小惑星、木星、土星などの探査計画も進んでいる。

今回の嫦娥五号の成功により、中国の月・惑星探査計画は技術的に成熟した段階に入ったといえよう。その技術や知見は、こうした次の計画の礎となり、起爆剤となり、そして科学的成果を確実にあげるための必要不可欠な要素となる。中国の、そして人類の太陽系探査は新たな幕開けを迎えた。

参考1:新しい月の石を手に入れろ! 中国の月探査機「嫦娥五号」の大挑戦

参考2:中国の月探査機「嫦娥五号」、月面着陸に成功 - 月の石の採取も実施

  • 嫦娥五号

    米国航空宇宙局(NASA)の月探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」が月の軌道上から撮影した、嫦娥五号の着陸機 (C) NASA/GSFC/Arizona State University

参考文献

http://www.cnsa.gov.cn/n6758823/n6758844/n6760243/n6760244/c6810873/content.html
http://www.cas.cn/kj/202012/t20201217_4771064.shtml
China lands its Moon rocks in Inner Mongolia | Science | AAAS
http://www.cnsa.gov.cn/n6758823/n6758844/n6760243/n6760244/c6810747/content.html
http://www.cnsa.gov.cn/n6758823/n6758844/n6760243/n6760244/c6810829/content.html