情報通信研究機構(NICT)は12月16日、高温、放射線、腐食性ガスなどの極限環境に強く、優れた高周波デバイス特性を有する無線通信向けの「酸化ガリウムトランジスタ」を開発し、世界最高クラスとなる最大発振周波数27GHzを達成したと発表した。

同成果は、NICT 未来ICT研究所 グリーンICT先端開発センターの東脇正高センター長らの研究チームによるもの。詳細は、米国科学雑誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

高温、放射線、腐食性ガスなどにさらされる極限環境では、従来の半導体デバイスは、性能劣化が生じるため継続的な使用が難しい。しかし、IoTの急速な普及により、極限環境におけるセンシングデータの取得や機器制御の必要性が日に日に増してきている。それら特殊な環境においても、利用可能な無線通信半導体デバイスに対する要望が高まってきているのだ。

酸化ガリウムは、化学式Ga2O3で表される金属ガリウムの酸化物で、半導体の性質を持つ。その酸化ガリウムを用いて2011年にトランジスタを開発して動作実証を成功させたのがNICTであり、それ以降、世界的に酸化ガリウムデバイスの開発が活発化した。

酸化ガリウムはその材料特性上、熱的、化学的に安定であることから、極限環境因子に対して既存の半導体材料を大きく上回る高い耐性が期待でき、極限環境での用途に適した材料と考えられるという。実際にNICTは2018年から、極限環境における無線通信という新たな領域に対して酸化ガリウムによる高周波トランジスタの研究開発を進めている。

  • 酸化ガリウムトランジスタ

    (a)今回開発された高周波酸化ガリウムトランジスタの断面模式図。(b)同トランジスタの光学顕微鏡画像 (出所:NICT Webサイト)

酸化ガリウムが極限環境での用途に非常に適した材料と考えられている理由のひとつは、非常に大きなバンドギャップを持つことだ。4.5eVというバンドギャップを有し、その値はシリコンの4倍以上、窒化ガリウムの1.3倍にもなる。その結果として、トランジスタなどのデバイス動作の上限温度が高くなるのだ。シリコンでは最高200℃程度、窒化ガリウムでは600℃程度であるのに対し、酸化ガリウムの場合、原理的には800℃程度までの安定動作が可能となると見積もられている。

なおバンドギャップとは、半導体の物性を決めるもっとも基本的なパラメーターのひとつ。半導体と絶縁体において、電子が占有するエネルギーバンド(価電子帯)の最も高いエネルギーと、空のバンド(伝導帯)の最も低いエネルギーとの間のエネルギー差のことをいう。

また、酸化ガリウムの大きなバンドギャップは強固な結晶構造によるものであり、各種放射線照射に対しても大きな耐性を有することが期待されている。NICTは以前に、酸化ガリウムトランジスタに対して放射線の一種であるガンマ線を照射し、照射前後でデバイス特性を比較するという、対放射線特性についての評価も実施している。

酸化シリコンで換算した値で規格化された高線量1.6MGyのガンマ線照射後も、ほとんどデバイス特性の劣化は見られず、このガンマ線耐性は原子炉での長期実用を可能にするレベルだとしている。こうした特徴から、酸化ガリウムは、NICTでは極限環境デバイス応用に適していると考えられるのである。

しかし酸化ガリウムトランジスタは、パワーデバイスとしての研究がほとんどで、今回の無線通信用途を目的とする高周波酸化ガリウムトランジスタに関しては、世界的に見てもほとんど行われていなかった。その実用可能な動作周波数すら不明だったのである。そうした中で研究チームは2018年から続けてきた研究のこれまでの知見を活かして、無線通信向けの高周波酸化ガリウムトランジスタを開発。そして酸化ガリウムトランジスタとして、世界最高クラスとなる最大発振周波数27GHzが達成されたとする。

無線通信では、実用周波数に対して少なくとも2~3倍の最大発振周波数が必要とされる。そのため、今回の成果は10GHz程度までの周波数で酸化ガリウムトランジスタが利用可能であることを意味する。1~10GHzは、衛星放送、携帯電話、無線LANなど、現在最も広く利用されている周波数帯であり、この周波数帯で酸化ガリウムトランジスタが利用可能であることを実証したのは世界初となる。さらに、この周波数帯では波長が10cm程度と小型のアンテナで通信が可能なため、センサーなどの小型機器の通信にも適しているという。

今回の成果により、酸化ガリウムトランジスタには従来のパワーデバイスに加え、極限環境無線通信デバイスという新たな応用分野の可能性があることが示された形だ。今後、NICTは、高周波酸化ガリウムトランジスタの性能をさらに引き出すため、使用周波数帯における出力電力特性を最大化する試料構造の最適化を行い、実用化を目指す計画とした。

また今回の成果により、無線通信応用に向けた酸化ガリウムトランジスタの開発が、今後、世界的に活発化することが予想されるという。そして、高周波酸化ガリウムトランジスタ技術が、既存の高温、放射線にさらされる環境だけに留まらず、宇宙、地下資源探査などの未開拓領域にも応用展開していくことが期待されるとしている。