東京理科大学(理科大)は11月6日、電圧をかけて強磁性体に固体電解質内のリチウムイオンを挿入することで、室温において、スピン流注入による磁化回転よりも低い消費電力で磁化を回転できるスピントロニクス素子を開発したと発表した。

同成果は、理科大大学院大学院理学研究科応用物理学専攻の並木航大学院生(博士後期課程3年)、同・高栁真大学院生(博士後期課程2年)、理科大理学部第一部応用物理学科の樋口透准教授、物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の土屋敬志主幹研究員、同・寺部一弥MANA主任研究者らの共同研究チームによるもの。詳細は、「ACS NANO」にオンライン掲載された。

スピントロニクスは、固体内の電子が有する電荷とスピンを共に光学的に応用する分野だ。スピントロニクス素子は高密度記憶素子の発展に加え、ヒトの脳内神経回路(ニューラルネットワーク)を模した、AIを構成する「ニューロモルフィックデバイス」への応用が期待されている。

固体内のスピンが自発的に整列すると、磁場なしで有限の磁化を持つ物質「強磁性体」となる。その強磁性体をふたつ用いて絶縁体を挟んだ構造を持つ「磁気トンネル接合」(MTJ)は、近年、画像記憶や音声認識などの分野で、盛んに研究が行われている。

しかし、MTJはその制御に課題を残している。MTJは絶縁層で隔てられたふたつの強磁性体の磁化方向の相対角度に依存した素子抵抗を示す。この磁化方向の制御には大きな電流密度が必要であり、低消費電力化が求められているからである。

それに対しては、誘電体による磁性体のキャリア密度制御や圧電体による磁性体の内部応力制御、スピン流注入など、さまざまアプローチが取られている。しかし、消費電力や動作温度の低さ、素子構造の制限などの問題が残されており、室温で強磁性を示す材料の磁化方向を低消費電力かつ簡素な素子構造で制御する新手法の開発が期待されていた。

樋口准教授らの研究チームは、フェリ磁性体「Fe3O4」薄膜の磁化方向を室温で56°と比較的大きく変化させることに成功した実績を有する。このときは、簡素な構造でいながら、高密度のキャリア注入が可能な「全固体酸化・還元トランジスタ」が用いられた。

全固体酸化・還元トランジスタとは、チャネル層と固体電解質(イオンの移動により電流が流れる固体)、電極から構成される全固体デバイスのことだ。電圧を印加して固体電解質内のイオンがチャネル層に挿入・脱離する際の酸化反応(電子を奪う)・還元反応(電子を与える)により、電子キャリア密度を制御する仕組みを有する。またフェリ磁性体とは、固体内のスピンが互い違いの向きに整列した磁性体のこと。スピンの大きさが向きによって異なるため、完全に打ち消しあわず全体として強磁性的な磁化を示すのが特徴だ。

樋口准教授らの研究チームは、固体電解質とFe3O4を組み合わせた全固体酸化・還元トランジスタを2016年に開発。固体電解質中のリチウムイオンをFe3O4へ挿入することで、磁化や磁気抵抗効果といった基本的な磁気特性を制御することに成功した。

そして今回の研究では、磁気メモリ素子を動作させるために必要不可欠な磁化の方向が注目された。面内方向に磁化を持つ強磁性体に電流を流すと、電流と垂直な方向に起電力が生じる現象である「平面ホール効果」を利用して、詳細な磁化方向の変化の追跡が行われた。

Fe3O4は磁化方向によって磁気的エネルギーが異なるため、エネルギーが最も小さくなる(エネルギー的に安定する)方向に磁化が向く。今回の研究のFe3O4薄膜は、磁化を薄膜面内方向に向けて製作された。このエネルギーの違いは「磁気異方性」と呼ばれ、キャリア密度に敏感であることが知られている。

従って、Fe3O4のキャリア密度を十分変化させることができる全固体酸化・還元トランジスタの印加電圧を変化させながら、平面ホール抵抗を測定することで磁化方向を変化させることができると考察したという。

Fe3O4の磁化方向を制御するための素子は、コバルト酸リチウム/白金電極(正極)、ケイ酸リチウム、Fe3O4という3層の積層構造をしてる。実際はMgO基板上にFe3O4薄膜が蒸着されており、「エピタキシャル成長」している。

  • スピントロニクス

    今回の研究で開発されたスピントロニクス素子の模式図(基板や測定用電極は省略されている)。(左)Fe3O4へのリチウムイオン挿入の模式図。外部電圧を印加することでケイ酸リチウム(ジルコニウムをドープしたもの)からFe3O4へリチウムイオンが移動する。(右)リチウム挿入による磁化回転の模式図 (出所:理科大Webサイト)

Fe3O4は強磁性を示す電子伝導体だ。ケイ酸リチウムはリチウムイオン伝導性を示す固体電解質であり、コバルト酸リチウムは電子とリチウムイオン両方が伝導できる混合伝導体だ。コバルト酸リチウム/白金を正極として電圧を印加すると、リチウムイオンが固体電解質内を伝導し、Fe3O4に挿入される。

  • スピントロニクス

    今回開発されたスピントロニクス素子の断面(MgO基板/Fe3O4/ケイ酸リチウム)の透過型電子顕微鏡像 (出所:理科大Webサイト)

今回の研究では、この挿入量を電圧によって制御しながら、強磁性体の磁化方向に敏感な平面ホール抵抗を測定。それにより、各電圧における磁化方向と「異方性磁界」(磁気異方性の強さを表す物理量)を明らかにするというものだ。

印加電圧が0.0Vのとき、磁化方向は基準の[110]から約30°反時計方向にズレたほか、印加電圧を1.0Vまで大きくしていくと[110]の方へ約10°回転することが確認された。これは、Fe3O4内の電子キャリア密度の増加に伴い、磁化方向が変化していることを表しているという。

  • スピントロニクス

    Fe3O4へのリチウムイオンの挿入量が変化させられたときの各種データ。(左)異方性磁界の方位依存性と磁化方向。(中)磁化回転角。(右)異方性磁界。(出所:理科大Webサイト)

また、印加電圧0.0~1.0Vの範囲では異方性磁界の変化はなかったとした。これは、ある方向に磁化を固定する磁気異方性が保たれていることを意味するとしている。さらに、可逆的にリチウムイオンをFe3O4に挿入・脱離することが可能であるため、磁化方向を安定かつ可逆的に制御することができるとした。

一方で、1.0Vより大きな印加電圧領域では、急激に磁化が回転し、2.0Vでは56°と非常に大きな磁化回転が達成された。この回転はFe3O4薄膜のキャリア密度の600%超に匹敵する高密度キャリアの注入によるものだという。

ただし、56°の回転角の一部は不可逆的成分であり完全な可逆変化ではなかったとした。高濃度のリチウムイオンとFe3O4によって、本来の「スピネル相」から「岩塩相」へ部分的に薄膜内の構造が変化したためだ。不可逆的な構造変化を抑制することができれば、安定して大きな磁化回転を実現することが可能だという。

リチウムイオンが挿入されることでFe3O4の磁気異方性が変化するメカニズムは、電子注入に伴う「スピン-軌道結合」(ある軌道を占有するスピンと非占有の軌道間での相互作用のこと)の変化で説明することができるとする。

今回、Fe3O4へのリチウムイオンの挿入に伴う室温での磁化方向制御により、スピン流注入による磁化回転よりも低い消費電力動作を可能とすることが判明した。開発された素子は単純な構造で動作する点も特徴だという。共同研究チームは今後、180°の磁化反転を目指すと共に、MTJと組み合わせた高密度大容量メモリ素子やニューロモルフィックデバイスなどへの応用に向けた実証実験を進める予定としている。