国立遺伝学研究所(NIG)は10月29日、カブトムシの角の形成に関わることが知られる複数の遺伝子の機能を失わせた結果、将来的に角となる「角原基」の折り畳みパターンを決めるシワの「深さ」と「パターン(方向性)」が、それぞれ独立した分子メカニズムに制御されていることを解明したと発表した。

同成果は、NIGの後藤寛貴博士研究員、大阪大学の近藤滋教授、基礎生物学研究所の新美輝幸教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。

昆虫は脱皮を繰り返すことで幼虫→サナギ→成虫へと成長していく。カブトムシも例に漏れず、イモムシ的な外観の幼虫から子どもたちに人気の高いあの雄々しい角を備えた姿へと変態を遂げる。

そのカブトムシのシンボルである角がいつの段階で誕生するかというと、幼虫からサナギに脱皮する際に突然現れる。これは脱皮に先立って、幼虫の頭の殻の内側で角を「折り畳んだ状態」で作り込んでおき、脱皮時に退役の圧力を使ってエアバッグのように展開させることで実現しているという。この角のもとになる「角原基」の折り畳みが、角の最終形態を決めている。角原基は、幼虫の上皮細胞の一部がサナギになるのに先だって分化することでできあがる。

角原基の表面には非常に密な折り畳みシワが見られ、これまでにそのシワの深さやパターンによって、展開後の角の形や大きさが決まることが知られていた。最初、角原基はドーム状のなめらかな膨らみだが、徐々に複雑な折り畳みシワ構造が形成されていく。そして幼虫からサナギへの脱皮を期に、体液の圧力を使って折り畳みを一気に展開することで細長い角へと変化するのである。しかしどのようなメカニズムが、シワの深さや方向をなどの折り畳みパターンを決めているのかまではわかっていなかった。

  • カブトムシ

    カブトムシの角形成。カブトムシの角は、サナギへの脱皮に先立ち、幼虫の頭殻の内側で形成される。この角のもとである角原基は、非常に密に折り畳まれた構造をしている。脱皮時に、体液の圧力を受けて、この折り畳みシワが展開することで細長い角に変化する (出所:NIGプレスリリースPDF)

カブトムシの角の形状決定に関与している遺伝子は複数あるが、共同研究チームは今回注目したのが「Notch」(ノッチ)だ。Notchはヒトから昆虫まで、動物において広く保存されている遺伝子だ。細胞間コミュニケーションを司るシグナル伝達に関わっているのと同時に、多くの動物において発生そのものや、その後のさまざまな器官形成で重要な役割を果たしている。

共同研究チームは今回、Notchの機能を失わせてみた。すると、角原基のシワの深さが通常の個体と比べて浅くなることが判明したという。その理由としては、細胞間コミュニケーションに何らかの異常が起こったためと考えられるという。なお、シワのパターンには影響がなかった。

続いて共同研究チームは、「CyclinE」(サイクリンE)にも着目した。CyclinEは、細胞周期の制御に関わる遺伝子のひとつだ。細胞は一定のサイクルでもって、ひとつの(母)細胞がふたつの娘細胞に分裂するのを繰り返す。周期には4つのG1→S→G2→Mの4つの期があり、この中でCyclinEはDNA複製の準備期であるG1期からDNAの複製期であるS期への移行に関与していることがわかっている。

CyclinEの機能を失わせたところ、今度はシワのパターンだけが変化するのが確認された。CyclinEの機能を失われたことで、細胞分裂の制御に何らかの異常が起こったからと考えられている。

  • カブトムシ

    CyclinEの機能阻害による折り畳みパターンの変化と、その結果としての角形態の変化。(左上)通常個体では原基の表面には一対の同心円状のシワが見られる。(左下)この同心円状のシワがあることで、展開後の角の先端は大きく二股に分かれる。(右上)一方、CyclinEの機能を失わせた個体では、同心円状のシワが見られない。(右下)その結果、展開後の角は先端の分岐が浅く、横に広がったような形態へと変化した (出所:NIGプレスリリースPDF)

以上の結果は、折り畳みシワの深さとパターンはそれぞれ独立に制御されていることが示された。どちらも最終的な角の形を決める要素だが、それらは異なる分子メカニズムで制御されていることが判明したのである。

  • カブトムシ

    今回の研究により、カブトムシの角原基表面のシワの深さとパターンは異なる分子メカニズムで制御されていることが明らかになった (出所:NIGプレスリリースPDF)

脱皮に先立って新しい身体を折り畳んだ状態で形成し、脱皮時に展開するという仕組みは、昆虫を含む節足動物に共通の形態形成の様式だ。共同研究チームは、今回の折り畳みの形成メカニズムの解明により、節足動物の形態形成についての新たな知見が得られたとした。またカブトムシの角の折り畳みは、大きな立体構造を限られた空間に修める技術を開発する上でヒントとなることが期待できるとしている。