レスキュー現場に現れた昆虫が、救助隊を呼んでくれるーー。はるか未来の話に思えるが、その実現に向けた研究が進んでいる。

12月15日、早稲田大学にてある講演が行われた。タイトルは「昆虫を無線でコントロールすることはできるか?」。講演内容は、以前にも取り上げたシンガポール 南洋理工大学の佐藤裕崇(さとうひろたか)助教授による『昆虫サイボーグ』に関するもの。その研究過程はどのようなものだったのか。順調に進まないこともある研究の中で、佐藤氏は、何を考え、どう行動したのだろうか。

  • 昆虫サイボーグ

    講演会の様子。マイクを持っているのがシンガポール 南洋理工大学の佐藤裕崇(さとうひろたか) 助教授

最初のパートナーは"ほとんど飛ばない虫"だった

「ヒロ、10か月以内にゴミムシダマシを飛ばしてくれ」ーー。この一言から佐藤氏の『昆虫サイボーグ』の研究は始まった。佐藤氏がミシガン大学電子工学科にて、昆虫を活用したMAV(Micro Air Vehicle:数cmもしくはそれより小さい飛行体)の開発に取り組むこととなったとき、告げられた一言だった。

「はじめは驚きました。カブトムシを操縦するものだと思っていたので」と佐藤氏。ゴミムシダマシは翅(はね)こそあれ、なかなか飛ばない昆虫だった。今でこそ、カブトムシ(厳密には大型のカナブン)の自由飛行制御システムを構築している同氏だが、はじめは、"飛ぼうとすらしない虫"で研究をしていたという。

「ゴミムシダマシの体に糸を巻き、くるくると回すと3秒くらい飛ぶようになり、一度だけ5分程飛びましたが、これは世界記録だと思いますよ」と笑いながら語ったが、当時は、早稲田大学 応用化学科で博士号を取得したにも関わらず、専門外の研究でなかなか成果がでない状況に悩むこともあったそうだ。

研究パートナーを探せ!

「ある日、友人に『実家のアーカンソーの畑には、夏になるとカナブンが飛んでくる。親父に送ってもらうから待ってろ』と言われました。そこからは研究パートナーがカナブンに変わりました」。

カナブンは甘いものが好物で、畑の果物などを食べてしまうことから、害虫とされていた。当時、そのようなカナブンを欲しがる佐藤氏は怪しがられ、「カナブンを1匹500円で買います」とSNSで発言したところ、詐欺を疑われて"炎上"してしまったこともあったそうだ。

  • カナブン

    ゴミムシダマシの次に佐藤氏の研究パートナーとなったのは、カナブンだった

カナブンはゴミムシダマシよりもよく飛ぶことから、良き研究パートナーとなり、佐藤氏は昆虫の筋肉、飛行形態などが分かるようになったという。

その後、ようやく昆虫を有線でコントロールできるようになったときに出会ったのが、現在の同氏のパートナーとなるウガンデンシスという巨大カナブンだった。

  • 昆虫サイボーグ

    ウガンデンシス。佐藤氏は「マイコンを積むためにあるような背中に見えました」と語る

その後の研究では、昆虫の眼に電気信号を与えることで飛行の開始・終了を制御できることや、従来、翅の折り畳みにだけ使われていると考えられていたカナブンの翅につながっている筋肉が実は飛翔中の旋回動作でも重要な役割を果たしていたことなどを突き止めた。これらの成果により、飛翔開始、空中での旋回などの制御が自由にできるようになった。

また、昆虫の飛行状態を通常のビデオカメラで解析するのは困難であったため、評価には、映画撮影などに用いられる「モーショントラッキングシステム」を活用。これにより、実験結果をデータで検証することが可能となった。

  • 昆虫サイボーグ

    モーショントラッキングシステムによって飛行データを高い精度で評価できるようになった

  • 昆虫サイボーグ

    飛行制御ができるようになった後には、歩行制御も実現。講演では、8の字に沿って昆虫が歩く様子が見られた

昆虫は、多くの人を助ける『スーパーマン』?

佐藤氏の研究は次第に注目を浴びるようになり、成果は米科学雑誌「Scientific American」の表紙として扱われることもあったという。取り上げられた際のタイトルは、「Why Beetles Fly Like Superman(なぜカブトムシはスーパーマンのように飛ぶのか)」というもの。

「蝶やトンボ、ハチは飛翔時に肢をコンパクトに折りたたんでいるのに対して、カブトムシは肢を広げているうえに、その肢をバタバタと動かすこともあることに着目しました。

そして、肢をスイングすることで体に逆方向のトルク(力)をかけて旋回しているのではないかという仮説を立て、旋回時の筋肉の信号を計測したところ、右に旋回する際には左肢、左に旋回する際には右肢を振り回すことが分かりました。さらに、飛行中に肢の筋肉に電気信号を与えることで、特定の方向に旋回させることを実演して、仮説が検証されたのです」(佐藤氏)。

  • 昆虫サイボーグ

    飛行中のウガンデンシス。佐藤氏は、ウガンデンシスが飛翔時に肢を広げバタバタと動かすこともあることから、肢をスイングすることで体の向きを変えて旋回しているという仮説を立て、検証に成功した

佐藤氏が昆虫を無線で飛ばす目的は、「救助現場での活用」であるという。同研究の今後の展望について佐藤氏は「温度センサによる体温の確認やCO2センサによる呼吸の確認などによって、被災地で生存者を探すためのツールとして使います。しかしそのためには昆虫に搭載するセンサや無線機器の消費電力が問題となります。そこで現在は、化学の知識・経験を生かし、昆虫の体内にある『糖』を用いて発電するシステムを開発しています」と語った。

化学、生物学、電子工学、機械工学と幅広い分野をまたがり、ユニークな研究を進める佐藤氏。彼の広い知識は、さまざまな研究領域を結びつけ、独自性の高い研究成果を生んでいる。「昆虫がレスキュー現場に現れ、救助隊を呼んでくれる」。そんな未来の話が、すぐそこに迫ってきているようだ。

  • 昆虫サイボーグ

    "虫の知らせ"が、人々の命を救う日も近い?

なお弊誌では講演会ののちに、グローバルに活躍する佐藤氏に、「研究者に必要な力とは何か?」というテーマでインタビューを実施した。化学系の博士号を取得し、畑違いとなる研究を進めている同氏は、このテーマについてどのように語るのだろうか。そちらもあわせてお読みいただきたい。

インタビューの模様はコチラ