産業技術総合研究所(産総研)は10月15日、次世代太陽電池普及のカギとなる「ハイドライド気相成長法」(HVPE法)によってアルミニウム系材料の成膜と、その太陽電池応用を可能にする装置を開発したと発表した。

同成果は、産総研ゼロエミッション国際共同研究センター多接合太陽電池研究チームの菅谷武芳研究チーム長、同・庄司靖研究員、同・大島隆治研究チーム付、同・牧田紀久招聘研究員、そして大陽日酸の研究者らの共同研究チームによるもの。

ガリウム(Ga)、インジウム(In)、アルミニウム(Al)などのIII族元素と、リン(P)、ヒ素(As)などのV族元素からなる化合物半導体で構成された太陽電池は、「III-V族化合物太陽電池」と呼ばれる。GaAs、InP、InGaP、InGaAs、AlGaAsなどがある。

III-V族化合物太陽電池は、「バンドギャップ」の異なる材料を積層させた多接合構造を形成することにより、太陽光の利用波長域を拡張し、高い発電効率が得られるのが特徴だ。太陽光の入射側から順にバンドギャップが小さくなるように太陽電池セルが直列に接続され、上部のセルを透過した光が下部のセルで吸収される仕組みとなっている。

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    多接合太陽電池の概念図。多接合構造、多接合太陽電池とは、種類の異なる(異なる波長の太陽光を吸収する)太陽電池を直列につなぎ合わせ、幅広い波長領域の太陽光を吸収させて発電効率を高めた太陽電池のことだ。出力電圧は各セルの電圧の合計になるため、接合数が大きいほど高電圧になる。太陽電池の接合数により、2接合、3接合、4接合太陽電池と呼ばれる (出所:産総研Webサイト)

ちなみにバンドギャップとは、半導体や絶縁体において、電子が存在できないエネルギー領域のこと。太陽電池では、バンドギャップよりもエネルギーの大きい光が入射すると電子・正孔が生成され、これらが輸送されることで電流となる。

III-V族化合物材料を用いた多接合太陽電池は、現存する太陽電池の中で最も発電効率が高く、放射線への耐性もあるため人工衛星などにも採用されている。しかし、電気自動車などの身近なものに広く活用することが長年期待されてきたものの、「有機金属気相成長法」を用いる製造コストの高さが大きな課題で、現在は宇宙用や集光用などでの応用が大半を占める。

有機金属気相成長法は、有機金属を用いて半導体薄膜を結晶成長する方法だ。III-V族化合物半導体の場合は、一般的にIII族元素として基板に有機金属を用いて、V族元素に水素化物ガスを利用する。III族元素として用いる有機金属のトリメチルガリウムやトリメチルインジウムが高価なため、製造コストが高くなってしまう。しかも、成膜速度が遅いことも価格が上がってしまっている理由のひとつだ。

そうした中、産総研は2015年度より、III-V族化合物太陽電池の製造コストを有機金属気相成長法よりも大幅に削減できるHVPE法を用いた成膜技術に着目。大陽日酸と共同で水平置き縦型HVPE装置の開発を進めてきた。同技術による高速の成膜は実証されたが、InGaP(インジウム・ガリウム・リン)太陽電池セルの高性能化と基板コストが大きな課題であり、これらを解決するにはAl系材料の高品質成膜が必要だった。

そこで研究チームは今回、AlCl3を前駆体(目的の生成物質の前段階の物質)として供給できるHVPE法の装置を開発し、AlInGaPやAlAsなどの高品質成膜と、それらの太陽電池への応用に取り組むことにした。その結果、Al系材料の高品質成膜を可能とするHVPE装置の開発に成功し、InGaPトップセルの高性能化と基板コストに関する課題解決の道筋が見えたという。

まず、Al系材料の高品質成膜を可能とするHVPE装置開発について。HVPE法は純金属と塩化水素(HCl)ガスを反応させて生成した金属塩化物をIII族原料の前駆体として供給するというものだ。GaAsやInGaPを成膜する場合、GaやInを700~850℃の温度でHClガスと反応させて一塩化ガリウム(GaCl)および一塩化インジウム(InCl)を生成し、H2ガスによって基板付近に輸送するという流れである。

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    今回開発されたHVPE装置の外観写真と模式図(上)とAlInGaPやAlAs成膜室の模式図(下) (出所:産総研Webサイト)

このようにHClガスによる反応が起点となるため、一般的に反応炉などは耐食性に優れた石英で作製される。一方で、一塩化アルミニウム(AlCl)は石英反応炉を激しく還元し、成膜層への不純物の混入や反応炉の損傷を引き起こすため、前駆体として利用することは不可能だ。この課題に対して共同研究チームは、今回、反応炉内部でAl原料を500℃の低温で加熱できる装置を新規に開発することで対応。AlClの発生を抑制し、石英との反応性が低いAlCl3を供給することを可能とすることで解決が図られた。

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    (左)AlとHClガスの反応温度とAlClとAlCl3の生成比率の関係。(右)HVPE法によるAlInGaP層を導入したInGaPセルの電流-電圧特性 (出所:産総研Webサイト)

続いて、多接合太陽電池のトップセルの高性能化について。高効率な多接合太陽電池を作製するには各構成セルの高性能化が重要だ。特にInGaPトップセルの高性能化には、InGaPよりもバンドギャップの大きいAlIn(Ga)P層の成膜により表面付近での電流損失を抑制することが不可欠となるという。

今回開発されたHVPE装置によりAlInGaP層の高品質成膜が可能となり、InGaPセルに導入して電流損失の要因であった表面の不活性化に成功した。その結果、出力電流が増大し、発電効率を向上させることができたのである。HVPE法で成膜されたAlInGaP層が、太陽電池デバイス内で機能することが実証されたのは今回が初めてだという。

そして最後に太陽電池の薄膜化、異種材料接合の実証についてだ。III-V族化合物太陽電池の製造コストには基板のコストが大きな割合を占めていることは前述した通り。それに対してHVPE法では安価な原料を用いることで太陽電池の成膜コストを低減できるが、基板そのもののコストを解決できずにいた。

しかし、今回開発された装置によってAlAsの成膜が可能になり、基板コストの問題に対する道筋も見出された。基板と太陽電池層の間にAlAs層を挟んで成膜し、その後AlAs層だけをフッ化水素酸で除去して、HVPE法で作製した太陽電池層を基板から剥離できることが実証されたのである。

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    (左)HVPE法によるAlAs層を導入したGaAsセルに剥離・薄膜化を実施した様子。(右)今回開発した技術で作製したGaAsセルをInGaAsセルに接合したときの電流-電圧特性 (出所:産総研Webサイト)

太陽電池層が剥離された基板は再利用が可能なので、基板コストを低減することが可能だ。さらに、太陽電池層は基板が取り除かれて薄膜になったことで、産総研が開発した半導体接合技術である「スマートスタック」を適用でき、異種材料と接合して発電効率を向上できるという。今回、剥離や接合の実証にはGaAsセルが用いられたが、InGaPセルや多接合構造でも同様に剥離や接合が可能だとしている。

米国再生可能エネルギー研究所は、AlCl3を反応炉の外部で生成することで、HVPE法によるAlIn(Ga)PやAlGaAsの成膜を実現した。しかしその結晶品質には課題があり、太陽電池へ導入した際に実は変換効率が向上できていない。また、太陽電池の剥離や異種材料の接合も現時点では実証されていないという。

今回開発された装置では、AlCl3を反応炉の内部で生成することで不純物の取り込みが抑制され、高品質なAl系材料の成膜が可能になったと、共同研究チームでは考察している。HVPE法でAl系材料が太陽電池に利用できることで、高効率な太陽電池を高速・低コストで作製できる道筋が見えたとしている。

共同研究チームは、これまで2インチ基板を使ってHVPE法の研究開発を進めてきたが、今後は6インチサイズを成膜できる量産型HVPE装置を開発する予定だ。さらに、HVPE装置によって製造されたIII-V族化合物太陽電池を、シリコンやCIGSなどの安価な太陽電池と接合させることにより、発電効率35%以上で発電コスト200円/Wの太陽電池の実現を目指すとしている。