大阪大学は8月31日、世界最大級の2PWのLFEX(エルフェックス)レーザーを用いて、地上最強クラスの2.1kTの超強磁場を作り、「相対論的磁気リコネクション」という前人未踏のプラズマ現象を実験室内で起こすことに成功したと発表した。相対論的磁気リコネクションの結果、電子と陽子が高エネルギー化していることを観測。一例として相対論的磁気リコネクションが、ブラックホールの周囲からの突発的に高エネルギーX線が放射される現象に関与している可能性が示唆されたという。
同成果は、同大学レーザー科学研究所の藤岡慎介 教授、東京大学大学院理学系研究科のKing Fai Farley Law特任研究員(当時博士後期課程3年)、安部勇輝 特任研究員、および同大学大学院理学研究科および工学研究科所属の大学院生、早稲田大学、自然科学研究開発機構核融合科学研究所、露・モスクワ工学物理工学研究所国立原子力大学、露・レベデフ物理学研究所、仏・ボルドー大学、独・ドレスデン工科大学、米・カルフォルニア大学サンディエゴ校所属の研究者らによる国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会発行の物理学専門誌「Physical Review E」に近日中に掲載される予定だ。
磁石の周囲でN極からS極へと向かう目には見えない磁力の流れを「磁力線」といい、その影響の及ぶ範囲内を「磁場」という。磁力線は「磁束の保存則」により途中で切れることはないが、プラズマ中では別の磁力線とくっついて切れる、要はつなぎ変わることがある。このつなぎ変わる現象を磁気リコネクションという。
磁気リコネクションは磁場の形を変化させることに加え、そのつなぎ変わりの過程で磁場エネルギーの一部がプラズマの熱や運動エネルギーに変換される。この磁気リコネクションの具体例として知られるのが、太陽表面から吹き出すフレア現象だ。また、希薄かつ百万度という高温のプラズマの大気である太陽コロナが熱せられる仕組みも、磁気リコネクションによるものと考えられている。
こうした太陽表面での磁気リコネクションは、古典的磁気リコネクションに分類される。一方、磁場が強くなるに従って、磁気リコネクションにおいて相対論効果が重要になってくることから、相対論的磁気リコネクションと呼ばれる。さらに相対論的磁気リコネクションは、ブラックホール周囲から突発的に放射される高エネルギーX線の発生メカニズムに関連しているという示唆もある。ブラックホール周囲の降着円盤内のコロナプラズマ中において相対論的磁気リコネクションが起こり、それに伴って電子が超高温に加熱されることが、高エネルギーX線の源という説が唱えられているのだ。
このように、相対論的磁気リコネクションは恒星やブラックホールの表面や周囲など、宇宙の至る所で起きているわけだが、人類は太陽の近傍ですら近づくことができないため、直接の観測は今のところは不可能である。そこで、相対論的磁気リコネクションを地上で再現しようとする試みが続けられてきたが、それには非常に強い磁場が必要だ。これまでは、地上において制御された形で強い磁場を作り出す方法が限られていたため、相対論的磁気リコネクションを地上で再現することにはできていなかった。そのため、これまではコンピューターシミュレーションが唯一の研究手段でもあったのである。
そうした状況を踏まえ、大阪大学レーザー科学研究所は相対論的磁気リコネクションを起こすという難題に果敢に挑戦しており、具体的にはキロテスラを超える磁場を作り出すことに取り組んでいる。テスラとは磁束密度(磁石の強さ)を示す単位のことだ。たとえば方位磁石を南北方向に向けることのできる地磁気の強さは、赤道上で31μTだ。永久磁石でも最大で1T程度である。kT超級ということは、永久磁石の1000倍以上の磁力ということである。
そこで今回の研究では、大阪大学レーザー科学研究所が所有する世界最大級の2PW(2000兆ワット)のパワーを有するLFEXレーザーが使用された。ワットは家電製品などの電力消費量を表す単位として日常生活でもお馴染みだが、詳しくは1Wで1秒間に1ジュールの仕事をする(消費する)エネルギーのことをいう。LFEXレーザーは2PWという強大な電力を、1psという一瞬ではあるが利用でき、高い温度と圧力を実現する。2PWとは、世界中で消費されている電気が約3TW(3兆ワット)とされることから、一瞬とはいえ、その約700倍という膨大なパワーなのである。
しかし、そんなLFEXレーザーをもってしてもkT単位の強力な磁場を発生させることは難しいため、今回はさらなる工夫としてマイクロコイルも利用された。画像1が今回開発された仕組みで、マイクロコイルをLFEXレーザーで照射することで、2.1kTという強力な磁場を生成することに成功。結果、世界で初めて地上において相対論的磁気リコネクションを起こすことに成功したのである。
実験では、マイクロコイル内部の相対論的磁気リコネクションで加速された粒子束のエネルギー分布や空間分布について、複数の装置を用いて計測が行われた。実験結果のひとつとして、マイクロコイルの両側から空間分布が対象になっている陽子が確認されている。
そして相対論的磁気リコネクションに伴って、プラズマを構成する電子と陽子が高温に加熱されることも判明。それにより、ブラックホールの周囲から高エネルギーX線が突発的に放射される仕組みの解明へと一歩近づいたという。
また共同研究チームによれば、相対論的磁気リコネクションは、新しいレーザー粒子加速機構としての応用も期待できるとしている。