宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月11日、小惑星探査機「はやぶさ2」に関するオンライン記者説明会を開催し、5月より開始している第2期イオンエンジン運転の状況について報告した。また最新の科学成果についても紹介。リュウグウは炭素含有量が多いということで、はやぶさ2が持ち帰るサンプルの中から、有機物が見つかる期待が高まった。
いよいよ地球に向けてラストスパート!
はやぶさ2は2019年11月13日にリュウグウを離脱。地球帰還に向け、イオンエンジンによる航行を続けていた。前半(第1期)の運転は、同年12月3日から2020年2月3日まで実施。その後、約3カ月の慣性飛行を経て、5月12日には再びイオンエンジンに点火、いよいよ地球帰還までの最後の運転となる後半(第2期)が始まった。
復路の軌道制御は、地球を中心とした大きな「的」(まと)を考えると分かりやすい。はやぶさ2は当初、地球から400万kmも離れたところを通過する軌道であったが、第1期運転の結果として、これを140万kmまで近づけることに成功。第2期運転が完了すれば、さらに1万km以下へと、地球スレスレまで接近する見込みだ。
第2期運転で必要な噴射量は、8月末までにほぼ完了するという。その後、一旦イオンエンジンを止め、軌道を精密に計測してから、追加で1週間程度の運転を行い、軌道を修正する予定だ。JAXAの吉川真ミッションマネージャは、「これが終われば、地球に確実に戻る軌道に乗ったと言える」と説明する。
復路のイオンエンジン運転は、これで全て完了。10月からは、化学エンジンによる精密誘導を行い、軌道をさらに内側、着陸地点に向けることになる。そのままだと、探査機本体も地球に再突入してしまうが、初号機と違い、はやぶさ2は化学エンジンも健全なので、カプセル分離後に軌道を変え、地球を避けることが可能だ。
推進剤であるキセノンは、第2期運転では3.5kgほど消費し、最終的には約35kg(=約55%)も残る見通し。地球通過後の追加ミッションが期待できるが、目的地の天体について、吉川氏は「まだ検討中で決まっていない」としつつも、「フライバイではなくランデブーしたいという前提で考えている」ことを明らかにした。
なおイオンエンジンは、今のところ全て健全。現在は太陽から離れているため、スラスタ1台のみを使っているが、より接近する8月からは2台運転に変更し、総加速量(ΔV)は160m/s(第1期は100m/s)となる見込み。
ちなみに4台のスラスタの累積運転時間は、Dが最も長く、続いてA、C、バックアップ用のBという順番だったが、第2期では「一番調子の良いものを選んだ」(イオンエンジン担当の月崎竜童氏)とのことで、スラスタCが使われている。今後、2台運転では、スラスタC/Dの組み合わせになる予定とのことだ。
一方、順調な航行を続けている探査機に対して、やや不確定要素が残るのは地上側の対応だ。問題はもちろん、世界的な感染が続いている新型コロナウイルスである。吉川氏によれば、"生命線"と言える管制室での感染を防ぐため、入室する人数を極力減らすなどの対策をとっているとのこと。
さらに今後、感染状況次第では、回収場所となるオーストラリアが入国を制限する可能性もある。ただその場合でも、JAXAは基本的に回収は日本側で行う方針で、2週間の隔離や検査などの対策をとった上で、回収チームだけは入国を認めてもらえるよう、オーストラリア側と交渉することを考えているそうだ。
反射率、熱慣性、凹凸度から分かったこと
サイエンス成果については、今回、2件の発表が行われた。まず、ONC(光学航法カメラ)画像解析・校正担当の巽瑛理氏(カナリア天文物理研究所)からは、ONCによるリュウグウの測光観測について説明があった。
巽氏が調べたのは、リュウグウ表面の反射率(アルベド)。反射率は、基本的に位相角(探査機-リュウグウ-太陽の角度)が小さいときに高くなり、位相角が大きくなるにつれ下がる。半年間の観測データをまとめることで、幅広い位相角(0~40°程度)での反射率の変化を見ることができた。
これは、「表面状態を知る手がかりになる」という。今回、全球の標準反射率(位相角30°時の反射率)マップを作成したところ、±10%程度のバラツキがあることが分かった。また平均は1.87%とかなり暗く、炭素含有量は2%以上と推定、「炭素が有機物の形で入っていることは大いに考えられる」とし、地球帰還後のサンプル分析に期待した。
また、リュウグウのような暗い天体では予測されていなかったが、弱い「Phase reddening」効果が観測されたという。これは、位相角が大きくなると、色がわずかに赤くなる現象。リュウグウ表面はゴツゴツした岩だらけに見えるが、光の波長オーダーの微粒子が存在することを示唆しているという。
続いて、TIR(中間赤外カメラ)・SCI/DCAM3担当の嶌生有理氏からは、TIRによるリュウグウの熱物性推定について説明があった。嶌生氏が調べたのは、リュウグウ表面の熱慣性分布と凹凸度分布。これらは、リュウグウの軌道がどのように変わってきたのかの推測に大きな影響を与えるという。
熱慣性は、一様に小さかった(つまり熱しやすく冷めやすい)。全球の熱慣性は、225J・m-2・s-0.5・K-1。この数字は、玄武岩など硬い岩石は2000以上、多孔質な炭素質コンドライトでも600~1000程度なので、かなり小さく、スカスカな岩塊が一様に分布していることを示している。
一方、凹凸度はかなり大きく、地球の火山で見つかるアア溶岩と同程度にデコボコであることが分かったという。ただ、その中でも、赤道付近では比較的小さかったことから、中緯度から赤道側へ表面物質が移動することで赤道のリッジ(盛り上がり)が形成されたという説を裏付ける結果となったと言える。
小惑星の熱慣性と凹凸度は、軌道を変化させるヤルコフスキー効果や、自転速度を変化させるYORP効果などに大きな影響を与える。リュウグウの軌道進化を推定する上で重要なため、「現在チーム内で研究を進めているところ」(嶌生氏)ということだ。