米国航空宇宙局(NASA)は2020年2月15日、将来の有人月探査の実現に向けた技術実証のために、超小型衛星「CAPSTONE」を打ち上げると発表した。
NASAなどは現在、月を回る特殊な軌道に有人ステーション「ゲートウェイ」を建設することを計画しており、CAPSTONEはその軌道に投入したり運用したりするための技術や、新しい航法システムの試験を行うことを目指す。
有人宇宙ステーション「ゲートウェイ」建設の課題
現在、NASAや日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)など世界各国は、月を回る軌道に有人の宇宙ステーション「ゲートウェイ(Gateway)」を建設し、それを足がかりに有人・無人月面探査をしたり、さらには有人火星探査に向けたノウハウを積んだりすることを計画している。
このゲートウェイは、「Near Rectilinear Halo Orbit(NRHO)」と呼ばれる、特殊な軌道に建設されることになっている。NRHOは月を南北に、それも北側は高度3000km、南側は7万kmという極端に細長い楕円で回る軌道で、その細長さからあたかも直線のように見えることから"Near Rectilinear"(ほとんど直線)という名前がついている。
月は地球の衛星であるため、軌道によっては地球と通信できないタイミングが生じたり、またそれぞれの天体の重力の影響で軌道が不安定で、定期的に軌道を修正したりする必要がある。
しかしこのNRHOは、地球の地上局と常に通信可能であり、また月の南極上空に長く滞空できるため、南極で活動する探査機や飛行士とも長時間通信できる。さらに軌道の安定性も優れており、そして月面へのアクセス性(所要時間や必要な推進剤量)にも優れているといった特長をもつ。
ただ、これまでにNRHOへ探査機を投入したり、運用したりした例がないことから、その実現可能性や運用上の課題などを探るため、NASAは超小型衛星「CAPSTONE(キャプストーン)」を送り込むことになった。
CAPSTONEはどんな超小型衛星なのか
CAPSTONEとはCislunar Autonomous Positioning System Technology Operations and Navigation Experimentの略で、直訳すると「月周辺における自律的な測位システム技術の運用航法実験」という意味になる。
CAPSTONEは12Uサイズのキューブサットで、その大きさは小型の電子レンジほど。打ち上げ時の質量は約25kg。開発・製造はカリフォルニア州のアドバンスト・スペース(Advanced Space)と、Tyvak Nano-Satellite Systemsが手がける。
月へ赴くようなミッションは従来、大きな探査機と大きなロケットを使って行われてきたが、近年の小型衛星の技術革新により、わずか数十kgの衛星でも可能になりつつある。なお、NASAは2018年に、火星に向けて「マーズ・キューブ・ワン」という質量13.5kgの超小型衛星を飛ばし、通信やカメラによる撮影など、当初予定していたミッションをこなした実績がある。
打ち上げには、米国ロケット・ラボ(Rocket Lab)のエレクトロン(Electron)ロケットを使う。エレクトロンは質量100kgから数kg級の小型・超小型衛星を打ち上げることに特化した、超小型ロケット(micro launcher)で、2018年1月の2号機の打ち上げ成功以降、これまでに10機連続で成功を続けている。
NASAによると、打ち上げの契約価格は995万ドルとされる。なお、衛星の開発と運用には1370万ドルが投じられている。いずれも従来の月探査の常識からすると破格の値段である。
CAPSTONEの打ち上げ時期は2021年初頭の予定で、バージニア州にあるワロップス飛行施設に建設中の、ロケット・ラボの新しい発射場が使われる。同社にとっては、これが初の月への打ち上げとなる。
打ち上げ後、CAPSTONEは約3か月かけて月へ飛行し、そして衛星自身が搭載しているスラスターを噴射し、近月点高度約1600km、遠月点高度約7万kmのNRHOに入る。そしてそこから約6か月かけ、軌道上での運用試験や通信試験、またNASAの月探査機「ルナ・リコネサンス・オービター(NRO)」と協調した新しい航法技術の試験などのミッションを行う。とくにNROと協調した航法技術の試験が成功すれば、CAPSTONEの名前にもあるように、地球からの追跡に頼らず自律的に位置を特定することができるようになるという。
NASAの有人月探査プログラムの責任者を務めるMarshall Smith氏は「CAPSTONEは、私たちがゲートウェイを建設しようとしている特殊な月軌道について学ぶための、迅速でリスク許容性の高い実証実験です。実際に建設しているとしているのとほぼ同じ軌道を使って試験することで、不確実性を減らすことができます」と語る。
また、ロケット・ラボのCEOを務めるPeter Beck氏は「小型衛星と私たちのロケットによって地球低軌道の利用が大きく進んだように、月の研究や探査もまた手軽なものになったことを誇りに思います」とコメントしている。
参考文献
・NASA Awards Contract to Launch CubeSat to Moon from Virginia | NASA
・Rocket Lab Selected by NASA to Launch Pathfinder Mission to the Moon | Rocket Lab
・NASA Funds CubeSat Pathfinder Mission to Unique Lunar Orbit | NASA