宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月25日、小惑星探査機「はやぶさ2」に関する記者説明会を開催し、2回目のタッチダウン運用を実施するかどうかの検討結果を発表した。すべての判断項目で問題ないことが確認できたことから、プロジェクトチームは実施を決定。半径3.5mの「C01-Cb」エリアを目指し、7月11日に着陸する予定だという。
C01-Cbへの着陸の難易度は?
はやぶさ2は2回目のタッチダウン運用に向けた準備として、これまでに3回の低高度降下観測運用を実施(PPTD-TM1/TM1A/TM1B)。ターゲットマーカーの投下に成功したことから、着陸候補地点を人工クレーター近くの「C01-C」領域に絞り、実施可否について引き続き検討を進めてきた。
実施可否の判断に時間がかったのは、安全なタッチダウンシーケンスの設計と、受光量が低下した光学系で支障が無いことの確認を慎重に行ってきたからだ。JAXAの津田雄一プロジェクトマネージャは、「安全性は一切妥協しない設計をした」とコメント。今回の判断において、安全性を最重視したことを明らかにした。
2回目のタッチダウン場所に決まったのは、新たにC01-Cbとして定められた半径3.5mの円形の領域である。楕円形だったもともとのC01-C領域よりは少し狭くなったものの、それでも1回目のL08-E1(半径3m)よりは広い。それに、なによりターゲットマーカーに近い(2.6m)というのは、精度の面でかなり有利な点と言える。
気になるのは地表の岩塊(ボルダー)だが、やはり凹凸はあるものの、1回目に比べて「厳しくなったという状態ではない」とのこと。中心のすぐ横に「積み岩」と呼ばれる大きなボルダーが見つかり、着陸の安全性が懸念されていたものの、最悪でも高さが65cmという推定値が出て、支障なしとの判断となった。
なお前回は、高さ65cm以上のボルダーが無いというのが着陸の条件だったが、今回は70cm以上に緩和されているとのこと。これは、重量20kgの衝突装置(SCI)が分離され、燃料も減ったことによる影響。探査機が軽くなった分、サンプラーホーンが接地したときに縮む長さも短くなっており、ボルダーが本体に当たりにくくなったというわけだ。
タッチダウン運用の日程は、7月9日~11日に決まった。10日の10時頃より降下を開始し、11日の11時頃に着陸する予定だ。バックアップ期間として7月22日の週が設定されており、降下を途中で中断(アボート)したときでも、再チャレンジは可能だ。
これまで、タッチダウン可能な日程は「7月上旬まで」と説明されていたのだが、着陸地点の温度条件を詳細に分析し直したところ、太陽との距離が1au以上あれば地表の温度は十分低く(100℃以下)、問題ないことが分かった。従来は1.1auと考えられていたので、この結果、7月末までなら着陸が可能となった。
タッチダウンの実施をJAXA理事長に報告し、了承を得たのは説明会の当日だったという。ギリギリまで検討を行っていたため、十分な準備を整えて成功確率を上げるには、ある程度の期間が必要。バックアップ期間のリトライも考慮すると、実施は9日~11日あたりがベストという判断だ。
低高度シーケンスを一部変更
次に具体的な運用方法について見ていこう。全体的なシーケンスは前回と同様だ。低高度における運用シーケンスも同様で、着陸までに4つのチェックポイントが設けられている点も変わらない。ただ、今回はいくつか異なる点がある。
まず、光学系の受光量が半分程度にまで低下しているため、ターゲットマーカーの追尾開始高度を前回の45mから30mへと下げた。ただ、近づくとカメラの視野に入る範囲が3分の2まで狭くなり、ターゲットマーカーを見失いやすくなる問題もある。そこまでの水平方向の誘導制御を、「GCP-NAV」で精度良く行うことが重要になってくる。
しかしGCP-NAVの精度も向上しており、5月末に2個目のターゲットマーカーを分離した際には、目標地点から誤差わずか3mという正確さで投下することに成功していた。今回は±10m以内の精度なら問題は無いとのことで、はやぶさ2チームの現在の運用能力からすればそう難しくは無いだろう。
ターゲットマーカーを無事に捕捉したら、視野の中心にキープしたまま、前回と同様に高度8.5mまで降下する。ここで高度を維持しながら、アンテナを地球に向けた姿勢から、地表にならう姿勢に変更。C01-Cb中央の上空に移動して、地表まで降下、弾丸を発射し、舞い上がったサンプルを回収して離脱する。
ここで前回と異なるのは、最終降下が斜め降下ではなく、垂直降下であることだ。今回は目標地点がターゲットマーカーに近いため、輪投げのような斜め降下を行う必要が無くなった。これにより、着陸精度の向上が期待される。
なお前回と同様に、今回もボルダーへの衝突を避ける安全策として、イオンエンジン側を持ち上げるヒップアップを行う。ただし、前回は最終降下の直前に行っていたのに対し、今回は高度8.5mに到着してすぐに実施する。ターゲットマーカーを視野に入れたままヒップアップすると、探査機はC01-Cbの中心側に近づくので、シーケンスを短縮化できるメリットがある。
光学系の受光量が低下したという問題があった反面、ターゲットマーカーにはより接近しており、「タッチダウン精度は前回と同レベルのことができる」と津田プロマネは見る。ただし、安全性について従来と同等以上に厳しく設定したため、全チェックポイントをクリアしてサンプルを採取できる確率はわずかに低下しているとのこと。
NIRS3によるクレーター観測も
今回の可否判断で悩ましかったのは、1回目のタッチダウンにすでに成功しており、貴重なサンプルが機体の内部にあることも考慮する必要があったことだった。
津田プロマネは1回目タッチダウンの際、「工学的な意味では成功すると考えている」と述べていたが、これは「100%成功する」という意味では無い。今回も、わずかでも失敗する可能性があることを考えると、津田プロマネには「技術的な意味の成功率だけで判断して良いのだろうか」という迷いもあったとか。
ただ、安全策を主張してもおかしくないサイエンス側からも、「どうすれば2回目タッチダウンを実現できるかという方向の議論ばかり出ていた」という。地下物質を採取する理学的価値は非常に高い。プロジェクトチーム内は「実施すべし」という方向でまとまっており、異論なくスムーズに決まったそうだ。
なお今回の会見では、PPTD-TM1A/TM1Bで実施したNIRS3(近赤外分光計)によるクレーター観測についても報告があった。以前行ったONCによる可視光観測と同様に、近赤外でもクレーター内の反射率が低く、何らかの物質的な違いがあることを示唆している。一方、含水鉱物の存在を示す2.7μm吸収の特徴には、顕著な差は見られなかった。
リュウグウの大きな特徴は、表面物質の反射率が低いこと、つまり黒いことである。そして、クレーター内はさらに黒く、宇宙風化前の地下物質が露出した可能性が高い。リュウグウと同じ炭素質の隕石では、これまでアミノ酸などはほとんど検出されていなかったが、地球落下時の加熱を経ていないリュウグウではどうなのか、非常に興味深い。
今回のタッチダウンが成功し、地下物質を採取することができれば、これらに対する理解が一気に深まることは間違いない。2回連続の成功を期待したいところだ。