米宇宙企業スペースXは2019年5月24日、宇宙インターネット「スターリンク(Starlink)」を構成する、最初の衛星60機の打ち上げに成功した。
同社は今後も打ち上げを重ね、約1万2000機もの衛星を地球を覆うように配備し、全世界にブロードバンド・インターネットを提供することを目指す。
さらに、同じ目的に向けて、他社の動きも加速している。
スターリンクとは?
スターリンク(Starlink)はスペースXの宇宙インターネット計画で、地球の低軌道に大量の小型衛星を打ち上げ、地球を覆うように配備し、地上と衛星、そして衛星と衛星間で高速通信を行うことで、全世界にブロードバンド・インターネットを提供することを目指している。
配備する衛星の数は最終的に約1万2000機にもなる予定で、これは「スプートニク」以来、これまで人類が打ち上げてきた人工衛星の総数よりも多い。
この地球低軌道に多数の衛星を配備するというのは、スターリンクをはじめ、すべての宇宙インターネット計画の特徴であり、かなめとなるものである。
いわゆる通信・放送衛星というと、赤道上空3万5800kmにある静止軌道に置くのが一般的となっている。しかし、衛星中継(やそれをネタにしたコント)でもおなじみなように、3万5800kmも離れた衛星を通信をやり取りしようとすると、いかに電波といえどもタイムラグが発生してしまう。そこで、高度数百kmの低軌道に衛星を置くことでこれを解決するとともに、場合によっては地上の回線よりも高速になる。
一方で、低軌道では"静止"衛星にはならないことから、その代わりに多数の衛星を打ち上げることで、地球のあらゆる地点の上空に、つねにどれかの衛星が位置するようにしている。
スペースXは今後、まず今回と同じく60機の衛星を搭載した打ち上げを6回行い、つまり今回を含め計420機の衛星が揃ったところで、初期運用を開始するとしている。詳細は不明だが、低速かつ、通信ができない空白地域も多少ありつつも、ひとまず全世界でネットがつながるようになるということを指すとみられる。
全世界をカバーするためには、さらに12回の打ち上げ、すなわち計1140機が必要になるとしている。そして、約1万2000機が揃えば、全世界に安定したブロードバンドを届けることが可能になるという。
各衛星の軌道や使用する周波数帯からみていくと、まず今回の60機が投入されたのは高度約550kmの軌道で、ここには今後約1600機が投入される計画となっている。この衛星はKuバンドとKaバンドという周波数帯を使って通信する。この周波数帯は小さなアンテナでの大容量通信に適しており、近年、既存の衛星通信でも主流になりつつある。
また、これとは別に高度約1200kmの軌道にも、Ku、Kaバンドを使う衛星を約2800機打ち上げる。さらに、高度約340kmの軌道には、Ku、Kaバンドよりもさらに周波数の高い、Vバンドという周波数を使う衛星を約7500機も投入する。Vバンドの衛星通信技術はまだ開発途上だが、より大容量の通信や、妨害を受けにくいことを活かした機密通信などへの展開が期待されている。
初期運用に必要な420機だけでもかなりの数で、1万2000機ともなると途方もない数だが、スペースXは昨年1年間だけでも21機のロケット打ち上げを行っており、またロケットの再使用化によって打ち上げ頻度もさらに向上するとみられること、さらに巨大な新型ロケット「スーパー・ヘヴィ/スターシップ」の開発が進んでいることもあって、順調にいけば2020年代中には実現する可能性もある。
マスク氏は、このスターリンクで得た利益を、自身とスペースXが進める火星移民計画の資金に充てると表明している。また、火星でスターリンクと同じ宇宙インターネットを構築する可能性もあるとしている。
デブリ対策も万全な先進的な小型衛星
このスターリンクを構成するのは、質量約227kgの小型衛星である。小型衛星といっても、いわゆる箱型ではなく、まるで板のような薄っぺらい特徴的な機体形状をしており、打ち上げ時にはこれらを上に上にと積み重ねてロケットに搭載する。
各衛星には複数のハイ・スループット(通信容量を増大させるシステム)・アンテナを搭載。また、太陽電池パドルは片翼にしかなく、これは展開機構を少なくすることで、故障が起こる確率を下げる狙いがある。
スラスターには、電気推進エンジンの一種であるホール・スラスターを採用している。このスラスターには推進剤にクリプトンを使う。電気推進エンジンの推進剤というと、小惑星探査機「はやぶさ」でも使われたキセノンがおなじみだが、クリプトンはキセノンよりやや性能は劣るものの、コストが安い。そのため、大量生産するスターリンク衛星にとっては大幅なコスト削減が見込める。
そして、特筆すべきはスペース・デブリ対策である。1万2000機もの衛星を運用するとなると、デブリに衝突する可能性は相対的に大きくなり、また運用を終了したスターリンク衛星自身がデブリ化する危険性もある。
そのため、スターリンクには軌道上のデブリを追跡する機能があり、さらに自律的にデブリとの衝突を回避することができる能力もあるという。また、各衛星の運用終了時には前述のホール・スラスターを使って軌道離脱するとともに、衛星に使っている部品のうち95%は、大気圏への再突入時にすぐに燃える材料を使っているなど、まさに"立つ鳥跡を濁さず"な配慮がなされている。
もうひとつ特徴的なのは設計思想である。スペースXはこれまで、ロケットや補給船、宇宙船の開発において、Rapid Iterationと呼ばれる、短い間隔で反復しながら行う開発サイクルを採用してきた。これはソフトウェアでおなじみのアジャイル開発で見られるもので、ようは最初から完璧な完成品を目指さず、可能なところから造っていき、実際に運用しながら設計変更や改良を繰り返すことで、徐々に高い完成度を目指すというものである。同社では、スターリンクにおいてもこの開発方法を採用するとしている。
そして、すでにその成果は目に見える形で出ている。スペースXは昨年2月、スターリンクの試験機となる「ティンティンA」、「ティンティンB」(Tintin A & B)という2機の衛星を打ち上げている。その形状も特徴的だったが、その後の改良を経て、今回の本番機では形状が大きく変わり、また質量も、試験機の400kgから今回の227kgへと大幅に軽量化されている。
同社ではまた、衛星のすべての部品が再突入時にすぐに燃え尽きるようにするといった、さらなる改良も予告している。
参考
・STARLINK MISSION | SpaceX
・Starlink Mission Press Kit
・Starlink
・Elon Musk(@elonmusk)さん | Twitterからの返信付きツイート
・OneWeb Makes History as First Launch Mission is Successful | OneWeb