スターリンクの背景

スペースXがこれほど気宇壮大な計画に挑んでいる背景には、かねてより問題となっているデジタル・ディバイド(情報格差)の存在がある。

現在、アフリカや南米などといった開発途上国を中心に、世界の全人口の半数以上がまだインターネットに接続できない状況にある。さらに、先進国である米国でさえ、人口の約10%がネットが使えない状況にあり、高速のブロードバンド回線が通っていない場所はさらに多い。

しかし、広大な砂漠や草原の中にコミュニティが点在しているようなところや、大海原の中に島々が点在しているような諸島地域、さらには紛争地域のようなところに、光ファイバーを敷いたり電波の基地局を建てたりといったことは困難で、これまで解決には至っていない。

そこで生まれたのが、衛星を使うというアイディアだった。衛星を使って宇宙から全世界に電波を降らせれば、海も砂漠も国境も関係なく通信ができる。

じつは、アイディア自体は、1990年代の前半から存在した。当時はまだ先進国でも十分なネット網がなく、なおかつ各都市、各家庭に回線を敷くのは困難が予想されたことから、衛星が使えるのではと考えられたのである。

このアイディアには複数社が参入を表明した。有名なところではマイクロソフトのビル・ゲイツ氏や、携帯電話のパイオニアの一人であるクレイグ・マッコウ氏らが立ち上げた「テレデシック(Teledesic)」がある。しかし、当時はまだ衛星やロケットのコストが高く、とてもビジネスとして成立し得なかったこと、また、先進国の都市部では予想以上の早さで地上回線や無線基地局が整備され、需要を失ったこともあって、ほぼすべての構想が頓挫した。

だが近年、電子部品の小型化と高性能化、低コスト化を背景に、衛星の小型・高性能化、低コスト化も進み、インターネットがつなげられるほどの高性能な小型衛星を、安く大量に造ることができるようになった。そして、スペースX自身が挑んでいるように、ロケットの再使用による打ち上げの低コスト化も進みつつある。さらに、地上側に必要なアンテナなどの機材も小型化、低コスト化が進んでいる。

こうした技術革新によって、衛星を使ったインターネットという構想が、ようやく技術的、ビジネス的に成立する環境が整いつつある。デジタル・ディバイドの解消に役立つという点は大きな意義があり、また単純に考えれば、ネット人口やネットを使ったサービスの顧客がいまの2倍になりうるということであり、ビジネス面でも大きな可能性があるのは間違いない。

  • スターリンク

    スペースXが進める火星移民計画の想像図。スターリンクで得た利益は、この実現のために充てられる (C) SpaceX

ライバルも多数

もちろん、この機会を狙って動き出しているのはスペースXだけではない。

ここ最近における宇宙インターネットのはしりとなったのは、グレッグ・ワイラー氏という人物である。ワイラー氏はかつて、戦争でインフラが破壊されたアフリカのルワンダで、携帯電話や有線によるインターネットを引く事業を手掛けた。そのときの経験から、衛星を使う必要性を痛感。2007年に「O3b」という会社を立ち上げ、赤道上の高度約8000kmの軌道に複数の衛星を乗せて、インターネットを提供するサービスを始めた。

そしてその次の段階として、2012年には高度1200kmの軌道に約700機もの人工衛星を打ち上げて全世界にインターネットを届ける「ワンウェブ(OneWeb)」を立ち上げた。これまでに、コカ・コーラやエアバス、クアルコム、そして日本のソフトバンクグループからも多額の出資を受けている。今年2月27日には、ワンウェブを構成する最初の6機の衛星が打ち上げに成功。今後も打ち上げが続く予定となっている。

ちなみにワイラー氏とマスク氏は知り合いで、かつてはいっしょに宇宙インターネット計画を進めようとしていたこともあったが、事業計画など、考え方の違いから袂を分かつことになり、それぞれ独自に進めることになったという経緯をもつ。

  • ワンウェブ

    ワンウェブ(OneWeb)の概念図 (C) OneWeb

さらに今年4月には、ネット通販大手のAmazon.comもまた、「プロジェクト・カイパー(Project Kuiper)」と名付けた、約3000機の衛星からなる宇宙インターネット計画を進めていることがわかった。前述のように、全世界にインターネットがつながれば、ネット人口やネットを使ったサービスの顧客がいまの2倍になりうる。つまり、Amazonの利用者が倍増する可能性があるということであり、この分野への参入は当然といってもいいだろう。

Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏は世界一の大富豪として知られ、またスペースXと双璧を成す宇宙企業「ブルー・オリジン」の創業者でもある。具体的な打ち上げ時期、サービス開始時期などは不明だが、資金的にも技術的にも、スターリンクの強力なライバルになりうる。

さらに、米国の大手航空宇宙メーカーであるボーイングや、すでに衛星通信事業で実績のある企業なども、衛星数や事業計画などに違いはあれど、似たような宇宙インターネット計画を進めているとされる。

さまざまな面で大きな可能性をもった宇宙インターネット。これからどのように展開されていくのか、その結果世界がどのように変わっていくのか、大いに注目である。

参考

STARLINK MISSION | SpaceX
Starlink Mission Press Kit
Starlink
Elon Musk(@elonmusk)さん | Twitterからの返信付きツイート
Amazon’s Project Kuiper aims to offer satellite broadband access - GeekWire

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info