目指すは2024年の有人月着陸

今回、ベゾス氏がブルー・ムーンを発表した背景には、同氏とブルー・オリジンの目標である、月の経済開発をはじめとする人類の宇宙進出に向けた歩みが着々と進んでいることをアピールすると同時に、米国航空宇宙局(NASA)やトランプ大統領が進める月探査計画への秋波という意味合いもある。

NASAは現在、ふたたび月へ人を送り込み、そしてそれを足がかりに有人火星探査を目指すという計画を進めている。そこで重要視されているのが民間の存在で、月に物資や科学機器、あるいは人の輸送など、その計画の一部に民間企業を活用することで、低コストかつ効率的に実現させると同時に、NASAは月よりも探査が難しく、まだ民間の手が及ばない火星に注力するという方針を立てている。

ブルー・オリジンはかねてより、このNASAの計画に深く関与しており、ブルー・ムーンのさまざまな機器を大量に運べるという能力は、まさにこれに合わせたものだろう。

さらに今年3月には、ドナルド・トランプ大統領が「2024年末までに米国の宇宙飛行士をふたたび月に着陸させる」という構想を発表したことで、米国の有人月探査をめぐる状況は大きな混乱が生まれている。

それまでNASAは、前述のように民間企業と協調しつつ、まず月を回る軌道に宇宙ステーション「ゲートウェイ(Gateway)」を建造し、そこを足がかりにして有人月探査や、あるいは有人火星探査を目指すという長期的な構想を立てていた。しかし、トランプ大統領のこの指令により、それを大きく変更する必要が発生。少なくとも有人月着陸は、当初の2028年の予定から、約4年前倒しされることになった。

ベゾス氏はかねてより、自身の豊富な資金力を背景として、NASAに頼らず単独でも月開発を行うという展望を語っていた。一方で今回のブルー・ムーンの発表においては、こうしたNASAとトランプ政権の計画に応えるかのように、「有人月着陸に対応したブルー・ムーンは、『2024年までに米国人をふたたび月に着陸させる』という政権の目標を満たすことができる」と主張。ブルー・ムーンを売り込む姿勢を見せている。

民間で月探査を目指している企業は、とくに米国には何社もあるが、実際に形になるところまで開発が進んでいる企業は数少ない。ましてや、人を乗せられる機体となるとなおさらである。そこにおいて、ブルー・ムーンの存在は、NASAとトランプ政権にとって救いの手となるかもしれない。

  • ブルー・ムーン

    有人月探査を行うブルー・ムーンの想像図 (C) Blue Origin

背景にある民間を活用するという方針

こうした動きから見えてくるのは、民間にできることは民間に任せる、そして月探査の一部を民間に任せるという、もう10年以上続くNASAの方針の正しさである。

現在のNASAが進める有人月探査、火星探査計画の源流は、2004年に当時のブッシュ大統領が発表した宇宙政策「宇宙探査のヴィジョン(Vision for Space Exploration)」にまでさかのぼる。次のオバマ政権では計画が修正されたものの、有人月・火星探査を目指すという方針はほぼ受け継がれ、そして現在のトランプ政権になってからも継続された。

この間、ほぼ一貫しているのは「民間を活かす」という方針である。まずブッシュ政権の意を汲み、NASAは2006年から、国際宇宙ステーション(ISS)への物資や宇宙飛行士の輸送を民間に任せるという計画を立ち上げた。オバマ政権でもそれが継続されたばかりか、2013年からは月探査においても、民間にできることは民間に任せるという計画が立ち上がった。

その結果、いまでは当たり前となった、スペースXなどの民間企業による補給船や宇宙船の打ち上げが実現し、さらにブルー・オリジンをはじめ、スペースXや、さらにアストロボティックやムーン・エクスプレスといった、民間で月探査を目指す企業がいくつも立ち上がり、そしてNASAの支援もあって成長を続けている。

じつのところ、NASAが有人月探査を目指して開発している超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」は完成が遅れており、SLSに搭載し、宇宙飛行士を月や火星へ運ぶ新型宇宙船「オライオン(Orion)」もまだ完成していない。月着陸船に至ってはまだ影も形もない。

にもかかわらず、トランプ大統領が威勢良く「2024年に有人月探査を実施する」という構想を打ち出せたのは、こうしたブッシュ政権時代から続く民間を活用するという方針を続けた結果、ブルー・オリジンのように、民間単独で月着陸機を造り出せるような企業が登場したからだろう。

ブルー・ムーンがはたしてものになるのか、トランプ大統領の有人月着陸計画が実現するのか、そしてその後も有人月探査が継続され、民間がすくすくと育っていき、月を舞台に経済開発が行われる時代は訪れるのかなど、その多くはまだ未知数である。

しかし、少なくともその可能性が見えてきたということは、ベゾス氏が目指す月の経済開発、そして宇宙植民といった、人類が宇宙に進出し、活動の場となる時代は、緒に就きつつあるといえるのかもしれない。

  • ニュー・グレン

    大型の衛星や、ブルー・ムーンなどの打ち上げに使われる、ブルー・オリジンの大型ロケット「ニュー・グレン」の想像図 (C) Blue Origin

出典

Blue Origin | Going to space to benefit Earth (Full event replay)
Blue Origin | Blue Moon
Blue Origin | BE-7

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュース記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)があるほか、月刊『軍事研究』誌などでも記事を執筆。

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