いざ星空列車へ

「星空列車」に乗るには、運行当日に千頭駅で切符を買う。予約や申し込みは必要ない。また後述するように、大井川鐵道ではさまざまなフリー切符(乗り放題切符)が発売されているが、星空列車はその対象外なので、かならず専用の切符を買う必要がある。

星空列車の出発時刻は16時53分。3月上旬だと、まだやや明るい時間帯だが、山に囲まれているため、徐々に闇が押し寄せる気配の中の出発となる。

時間どおりに千頭駅を発車した星空列車は、最高時速30kmというのんびりとした速さで、大井川沿いを走っていく。

線路は木々が生い茂る森の中を縫うように敷かれており、窓から覗くと足が震えるような崖沿いも多い。トンネルの数は61、鉄橋も55か所あり、いかに険しい路線かがよくわかる。

走っているうちに空はだんだん暗くなっていった。その透明度のおかげでエメラルド・グリーンに見える大井川の水面は、ただでさえ幻想的だが、周囲が暗くなることでそれに拍車がかかる。

星空列車は途中、見晴らしのいい鉄橋などで速度を落として走行し、車掌さんが川や山の名前や、見どころ、路線の歴史などを解説してくれた。

  • 星空列車

    カーブが急なので、後方の車両から先頭車両が見える。終始、このような急カーブ、そしてトンネルと鉄橋を走っていく

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    エメラルド・グリーンの大井川に映る、赤い泉大橋。奥に見える山は静岡県の朝日岳

途中、列車は「アプトいちしろ駅」に停車。ここから次の長島ダム駅までは、日本一の急勾配を登る。その勾配はなんと1000mあたり90m登るほどの高さ。

普通の鉄道の車輪では空転して登れないため、この区間だけは、滑らないよう、のこぎりの刃のようなギザギザのついたレールに、歯車の形をした車輪を噛み合わせて登る、「アプト式」と呼ばれる仕組みが採用されている。そのため、このアプトいちしろ駅では、アプト式の装置を搭載した特殊な機関車を連結する。現在、このアプト式が使われているのは日本でこの大井川鐵道だけである。

アプト式機関車を連結した星空列車が走り出すと、なるほどたしかに、かなりの急坂を登っていることがよくわかる。体感でもわかるが、スマートフォンの水準器やペットボトルのお茶などを使えば、よりわかりやすい。

大井川本線の旧式列車やSLもそうだが、こうした路線や車両そのものも楽しめるのが、大井川鐵道の魅力である。

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    アプトいちしろ駅で、アプト式機関車を連結。日本一の急勾配を登っていく。通常の2本の線路の間に、ギザギザのついた3つ目の線路が見える

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    途中、車窓から「長島ダム」が見えた。この長島ダムをはじめ、大井川にはいくつものダムがあり、それを建設する資材などを運ぶために作られたのが、もともとの井川線だった

長島ダム駅に着くとアプト式機関車を切り離し、ふたたび単独で走り始める。しばらく走ると、いよいよ「奥大井湖上駅」に着いた。

乗客が降りると、列車は発車して走り去っていく。このころは、まだうっすらと明るく、電灯がなくとも足元が見えるくらいだった。それでも、山の夜は早い。星を見る場所を探しているうちに、すっかり夜になった。あたりはただ水の音と、動物の鳴き声が響くだけである。

都会では決して見えない星空に感動

暗さに目が慣れてくると、まず初めにシリウスが見えた。シリウスは、太陽の次に地球から見える最も明るい恒星として知られ、またいまの時期は明るく見える惑星もないため、簡単に見つかる。

シリウスが見つかれば、ベテルギウスとプロキオンからなる「冬の大三角」、そして「冬のダイヤモンド」を見つけるのは簡単である。さらに目が慣れてくると、オリオン座の特徴的な形もはっきり見えてくる。冬の大三角の上にはふたご座も見える。振り返って北の方角に目を向けると、おおぐま座(北斗七星)も見えた。

なにより、そうした有名な星や星座以外の星の多さに驚かされる。じつのところ、冬の大三角やオリオン座は、都会の夜でも見られる。しかし、無数の星が広がる中に、そうした有名な星や星座を見つけると、その存在感の大きさにあらためて驚き、そしてこうした星々を線で結んで名前をつけた古代の人々への想いがこみ上げてくる。

なにより、周囲になにもない湖の真上で、ぼうっと星空を眺めていると、地球もたしかにこの宇宙に浮かんでいることが体全体で感じられ、さらには宇宙にひとりぼっちで浮かんでいるような気持ちにさえなった。

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  • 残念ながら筆者の腕と機材ではうまく星空が撮れないので、プロの方が撮影した写真をご紹介 (C) 大井川で逢いましょう

奥大井湖上駅での滞在時間は約1時間。時間も忘れて星空に見入っていると、帰りの列車がやってきた。後ろ髪を引かれる想いで乗り込む。

もうすっかり夜なので、車窓からはほとんど何も見えない。しかし、ガタゴトと走る列車に乗り、真っ暗な闇と、時折見えるちょっとした灯りを眺めていると、まるで宮沢賢治氏の『銀河鉄道の夜』の世界に入ったかのようだった。

より星空列車を楽しむためのコツ

今期の星空列車は、2018年12月~2019年3月の間の、毎月2回のみの運行で、4月以降は日が長くなるため、運行は行われない。

ただ、2019年12月からまた、同様の形式での運行を予定しているとのことなので、いまから旅行の計画を立てておくといいだろう。

また4月以降も、臨時のツアーなどで運行する予定があるとのことなので、詳しくは大井川鐵道のWebサイトなどをチェックしてほしい。ちなみにいちばん直近では、2019年4月6日に開催予定となっている。

どこで星を観るのがおすすめ?

奥大井湖上駅は開けたところにあるため、基本的にはどの方角も見やすい。

ただ、北側には山があり、駅の中央部も小高い丘になっているため、駅の東側と西側、湖上に伸びるホームや鉄橋の上に立って、主に南の方角を見つめるのが、いちばん多くの星が見られる方法だろう。

また、解説員の方などはいないため、どんな星が見えるのか、見えた星が何という名前なのかは自分で調べる必要がある。あらかじめ、国立天文台などが発表している、その月の星空解説のページを読んでおくか、スマートフォンの天体観測アプリなどを活用したい(なお、目に明るい光を入れないよう、あらかじめ夜間モードにしておくのをおすすめする)。

その他、星空列車に限った話ではないが、きれいな星空を写真に残そうと思うなら、マニュアルでいろいろ設定できるカメラや魚眼レンズ、三脚などが必要。ただ、せっかくなので肉眼で楽しむのが一番おすすめ。

防寒具や懐中電灯を忘れずに

星空列車が走るのは冬の時期なので、防寒装備は必須。冬の山奥であることはもちろん、湖の真上ではさえぎるものもなく、その中で1時間、じっと星空を見上げることになるので、十分以上の防寒具、カイロなどの防寒グッズを持っていきたい。

また、奥大井湖上駅には自動販売機などもないため、あらかじめ購入しておこう。

橋の上などは灯りがないため、懐中電灯も持参しよう。

できるなら1泊2日でゆっくりと

星空列車は夜に走るという都合上、また大井川鐵道の終電の時間もあり、関東や関西圏からの日帰りはちょっと難しい。筆者が乗った2018年3月8日時点のダイヤでは、がんばれば東京への日帰りは可能だが、かなり慌ただしく、またどこかで遅延などが発生すれば、その時点で帰れなくなる。

そのため、できるなら1泊2日の旅程を組むのが確実である。大井川鐵道の沿線には温泉のある旅館やホテルがあり、また1日目は星空列車に乗り、2日目はSLに乗ったり、井川線の終点まで行ったりなど、別の楽しみ方もできる。

ただ、宿の数はそれほど多くなく、連休時などには埋まってしまう可能性があるので、なるべく早くに旅程を決めて予約したい。

切符の買い方に注意

大井川鐵道ではさまざまなフリー切符(乗り放題切符)が発売されている。たとえば、金谷駅から千頭駅を往復するだけでも、普通に往復切符を買うより、「大井川本線フリーきっぷ」を買ったほうが安くなる。井川線も乗るなら「大井川周遊きっぷ」がおすすめ。

星空列車はこうしたフリー切符の対象ではないものの、その前後の旅程に合わせて、お得な組み合わせを調べよう。

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著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info