自動運転と聞くと、世界各国のメーカーがその開発にしのぎを削る自動車が浮かび上がる人も多いだろう。また、すでに自律飛行で目的地まで飛行可能なドローンを浮かべる人も多いだろう。この2つは、いわゆる"陸"と"空"。となると、残りの"海"はどうなのか?、ということとなる。そんな海での自動運転を実現するべく研究開発を進めているのがヤンマーだ。

今回、3月7日~10日にかけて神奈川県横浜市で開催された「ジャパンインターナショナルボートショー2019」にて、ヤンマーで研究を担当している杉浦恒氏に話を聞く機会をいただいた。同社が2019年1月に公開したのが、人が乗らないでも自律して海洋を航行可能な「ロボティックボート」の基礎技術、ならびに操舵不要で桟橋に船を着けられる「自動着桟システム」の2種類。今回、同社ブースでは、残念ながら実機はなかったものの、技術を紹介する動画が流されていた。

  • ジャパンインターナショナルボートショー2019
  • EX38FB
  • ジャパンインターナショナルボートショー2019のヤンマーブースと同社 中央研究所 基盤技術研究部 ロボティクスグループ グループリーダーの杉浦恒氏。船は同ボートショーで初公開となったフィッシングクルーザーシリーズのフラッグシップモデル「EX38」のフライングブリッジ仕様「EX38FB」

  • 自動着桟システム
  • 自動着桟システム
  • ヤンマーブースで流れていた技術紹介動画。画像は自動着桟システムの説明動画の様子

桟橋との距離は数十cmを実現

ヤンマー自動着桟システムのデモ映像

まずは自動着桟システムだが、要は船を決まった桟橋の場所に自動でいれることを可能とする技術となる。自動車で言えば、全自動式のパーキングアシストシステムということとなる。

その精度は船首側からでも、船尾側からでも決められた桟橋から数十cmほどの距離まで接近、停止することができるほどのものだという。具体的には、自社開発の中継器からの補正情報を受信する形でのRTK-GNSS(Real Time Kinematic-Global Navigation Satellite System)と、LIDAR(LRF)技術を組み合わせることで、この精度を実現したという。ちなみに右舷(左舷)を着桟させることも可能とのことだが、決め打ちの方向ではなく、柔軟に方向に関係なく着桟可能としたのは、「海外だと電動ボードも増えてきており、桟橋にコンセントが用意されていることもある。そうしたインフラとの兼ね合いから、方向を決めずに対応できるようにした」(杉浦氏)とのことである。

人が乗らない船が切り開く海洋活用の可能性

一方のロボティックボートは、小型船舶を無人化するべく開発が続けられているもの。最終的には自律した無人航行の実現だが、はじめの一歩としては、人が乗船している中で、その操舵を代わりに行ってくれる存在というものとなる。

この実現のためにもっとも重要なのが信頼性だという。「システムが壊れたから、どこかに流されてしまったは許されない。また、通信システムだけは最低限生きている必要があるが、そのためには電源系統も生き残る設計にする必要がある」(同)と、システムとしての開発の難しさを語る。

  • ロボティックボート

    ロボティックボートが実際に海洋を航行している様子 (画像提供:ヤンマー)

とはいえ、無人化が実現できれば話は逆にシンプルになるという。「ロボットですから、人が乗船することを想定しなくて良い。つまり、どれだけ揺れても良くなる。快適性や居住性ということを考慮する必要がなくなるのです。極端な話をすれば、転覆したとしても、もとの位置に戻る戻らないを別に、沈まずに航行が続けられれば最悪何とかなる。信頼性重視の船ができることになります」(同)。

  • ロボティックボート

    ロボティックボートの航行の様子。激しい波の動きにさらされているのがわかるが、転覆しても元の状態に戻ることが可能だという (画像提供:ヤンマー)

ロボティックボートは、すでに海洋研究開発機構(JAMSTEC)に、海洋資源調査の洋上中継器(ASV)として1隻納品され、海中の潜水艇を同時に3隻トラッキングすることで海底資源の発見に寄与したとのことで、今後、さらなる活用に向けた開発が進められていくこととなる。その方向性としては、「どんな環境でも対応できるようにするべきか」、それとも「障害物などがあるときの反応をどうするべきか」といった2つがあり、その開発優先度については、想定される利用者などの反応を見ながら決めていきたいとしている。

人が乗らなくなると、従来の船の形をする必要がなくなる。それこそ上下反対になっても航行が続けられるような形状になっても、誰も乗ってないので文句はでない。杉浦氏によると、JAMSTECに納めたロボティックボートにはKaバンド帯を用いたアンテナを搭載して、高速通信が可能であることも確認しているとのことで、総務省などが進める海上ブロードバンド構想の低コスト化に寄与したりといった取り組みも進めていきたいとする。

従来の船という概念を超えて

今回、杉浦氏の話を聞いて、筆者としても、こうした自動航行技術が進化していけば、単に事業用途での活用のみならず、例えばドローンを搭載したロボティックボートで、台風の目の中心を追従、その変化をつぶさに観察することで台風の理解を加速させる(過去には、琉球大の研究チームなどが、海上を移動する台風の目の直接観測に成功した例はある)といった学術的な調査も、夢物語ではなくなると考えるなど、従来の"船"という概念を越えた新たな活用法の誕生につながるのではないかと期待を抱かせる取り組みだと感じた。

杉浦氏は「海はフロンティア」と語る。日本は島国ということもあり、国土面積では世界第61位だ。しかし、排他的経済水域の面積は国土面積の約12倍の447万km2と広く、世界第6位の海洋大国といえる。この広大な海を今以上に活用できれば、さまざまな恩恵を受けることが期待できるようになる。広大な海を無人のロボティックボートたちが、人間が乗る船の変わりに、さまざまな海にかかわる事柄をこなす未来はそう遠くないうちに到来するかもしれない。