ソニー時代の三原氏がWiLと初めて接触したのは2015年。社内で「ながら聴きを楽しむイヤホン」の企画を提出した頃だった。面白いアイデアではあるものの、ソニーのイヤホンといえば高音質技術に定評がある。毛色が異なる製品であるため、「ソニーとはブランドを分けて、新事業として検証したほうがいいのでは」といった意見もあがっていた。
「実は当初、商品特性からアメリカのミレニアル世代をターゲットに開発・販売しようと検討していたんです。WiLの本社はアメリカにありますし、彼らにささる商品を作れるのでは、と仮説を立てました」(松本氏)
そこでスタンドフォード大学等、数校の学生にプロトタイプ (ワイヤレス)を見せて説明し、ヒヤリングを行ったが、「ながら聴き」という概念はまったく伝わらなかったという。
「ながら聴きについて説明して、どうですかと尋ねても、『ワイヤレスで音楽を聴けるなんてすごいですね』『面白いですね』といった感想が返ってきました。ワイヤレスイヤホンは既に世の中にありましたが、知らない学生もいます。ただ、僕らとしてはそこではなく、『ながら聴き』ができることに驚いてほしかったと思いました(笑)」(三原氏)
機能を絞り込み、まったく新しい「2号機」で仕切り直し
最初のプロトタイプはワイヤレスであるほか、機能が豊富に付いていたため、「ながら聴き」という要素が目立たなくなっていた。これだけ説明しても伝わらないとなると、店頭では確実に伝わらない。さらに、スマホに付属するイヤホンを使っている学生が多いなか、販売価格も抑えなければ、到底売れないと気づいたという。
ただ、半年ほど奮闘したものの、アメリカ市場では光が見えず、「ながら聴きイヤホンプロジェクト」も解散の危機に陥ってい。そこで、方針転換を決意し、再挑戦したいと訴えた三原氏の情熱と覚悟を見て、松本氏はプロトタイプを根本から作り直すことを指示した。期限は3カ月だった。
事業計画書を作り直し、販売地域をアメリカから日本に変更。形状はワイヤレスからワイヤードとし、機能を大胆に絞り込むことで販売価格を大幅に下げることにした。
松本氏は「2号機と言ってもいいくらい、最初のものとはまったく別のものになりました」と振り返る。
3カ月、超高速でPDCAを回した日々
イヤホンを外すことなく会話ができて、音楽も楽しめる。そういうニーズはあり、自分自身も使いたいと三原氏は開発を急いだ。ユーザーの使用シーンから逆算したものづくりは、開発のスピードがキモになる。タイミングをずらすとニーズも薄れてしまうからだ。
「ソニーもそれを理解しているからこそ、自社で開発しようとはしませんでした。開発の速度を上げるべく、ジョイント・ベンチャーを作ったことが、成功の一因になったと感じています」(松本氏)
また、予算もなく、三原氏はプロトタイプの製作を外注せず、3Dプリンタや消しゴム、粘土等で作ったという。特殊な形状のイヤホンマイク部分を除き、(ソニーが持つ)既存の材料を使って、コストを極限まで落としたという。
ユーザーインタビューは毎日。ムダなコストをかけず、時代が求める製品・サービスをより早く生み出すリーンスタートアップ方式で、超高速でPDCAを回すしか残された道はなかった。