今年のRISC-V in Tokyoは日吉の慶應義塾大学で開催された。出席者は250人程度で盛会であった。
RISC-Vはカリフォルニア大学バークレー校のKrste Asanović教授らが開発した教育用のプロセサアーキテクチャがその源流であるが、折角、作ったのだから実用にしてしまおうということで業界にとっても意味のあるプロジェクトになった。RISC-VのVはローマ数字の5で、バークレー校で開発された第5世代のプロセサアーキテクチャであることから、この名前がついている。
バークレー校のDavid Patterson教授はスタンフォード大のHennessy教授とともに、最初のRISCを提案し、広めたことで有名である。また、コンピュータアーキテクチャの教科書であるヘネパタ本の著者としても有名である。なお、Patterson教授は、RISC-Vの開発にも参加しておられる。
RISC-Vの大きな特徴は、5世代にわたって亘ってRISCプロセサを開発してきたバークレー校のこれまでの研究開発に基づき、ゼロベースで新規に開発したクリーンなアーキテクチャであることである。長年の歴史からつぎはぎになったx86やArmのように垢がこびりついていない身軽なアーキテクチャである。
そして、大学で開発されたオープンなアーキテクチャであり、Armのようにライセンス料を取らない無料で使えるアーキテクチャであることが2番目の大きな特徴である。これらの点からGPU最大手のNVIDIAもGPUに内蔵するコントローラはRISC-Vに切り替えると発表している。また、ハードディスクの大手のWestern Digitalもディスクのコントローラを全面的にRISC-Vに切り替えると発表している。ライセンスが無料であるので、これらの大企業がRISC-Vを使ったからと言って直接、儲かるわけではないが、コンパイラやデバッガなどの開発環境やRISC-Vのエコシステムの充実という点では大きな貢献が予想される。
その意味では、OSの世界でLinuxが標準になったように、RISC-VはArmなどを押しのけてプロセサアーキテクチャの標準になることを狙っている。
次の図に示すように、RISC-Vのプロジェクトは2010年に開始され、最初のRISC-VアーキテクチャのチップであるRocketが2013年にテープアウトされ、2014年には最初のLinuxの移植が行われた。また、2014年にはHot ChipsにおいてRocketについての論文発表が行われた。このあたりまではカリフォルニア大学バークレー校が中心になって活動してきたが、2015年にRISC-V Foundationが設立され、業界での活動になり、あちこちでカンファレンスを開催して、世界中で普及活動を行っている。
RISC-VプロセサIPを提供する会社は、ANDES、Microsemi、SyntaCore、CloudBearなどがあるが、なかでも中心的に活動しているのがSiFiveである。SiFiveはバークレー校のRISC-V開発者が中心となって設立された会社であり、Krste Asanović教授はチーフアーキテクトを務めている。
SiFiveのアプローチは特徴的である。SoCを作ろうとすると当然、プロセサコアは必要であるが、それ以外にもメモリコントローラ、PCI Express、USBなど各種のIPが必要となる。このようなIPを作っている会社も数多く、各社と接触して、提供されるIPが性能や消費電力などの要件を満たすか、価格やライセンス料などは他社と比べてどうかなどを比較して最適の相手と契約してIPのライセンスを受けるための努力は馬鹿にならないし、プロセサコアIPのライセンス料が無料でも、これらのIPのコストも高いので、特に小さな会社ではSoCを作るのは容易ではない。
また、SoCを作るための論理設計やシミュレーションを行うツールや配置配線を行うツールも高価である。
これに対して、SiFiveは、世界中に12のオフィスを持ち、300人以上の従業員を抱え、すでに300以上のテープアウトを行ったという実績を持っている。そして、2019年には1億ドル以上の売り上げを見込んでいるという。そして、RISC-V IPだけでなく、RTLでの設計と検証、物理設計などにも経験を持っている。
そのSiFiveがシリコンのクラウド設計サービスを始めている。次の図に示すように、プロセサを始めとする各種IPを集め、Synopsys、Cadence、Mentor GraphicsなどのEDAツールを準備し、TSMCやGlobalfoundries(GF)のウェハ製造、ASE、Amkorなどのテスト・組み立てなどのサービスをひとまとめに提供し、自分でEDAツールを運用するサーバを持つ必要がなくAzureやAWSなどのクラウドで運用できるというもので、非常に便利である。
そして、SiFiveのDesignShareのパートナーになっているIP会社は、初期提供費用ゼロでIPを提供してくれる。もちろん、SoCの開発に成功して量産に入る場合には、ライセンス料やロイヤリティなどを払う必要があるが、試作を行っている段階ではIPの費用が必要ないというのはスタートアップなどお金のない企業にとっては非常に有難い。
一方、IPを提供する会社にとっても、IPはSiFiveには提供するが、最終ユーザに提供する必要がなく秘密の漏洩のリスクが小さい、契約やユーザの教育も楽になる、ライセンス料などをSiFiveが集めてくれるなどのメリットがある。
これは非常にうまい仕組みであり、SiFiveが売り上げを急速に伸ばしているのは納得できる。
RISC-Vのビジネスは、やっと端緒についたところであるが、非常に順調な滑り出しであり、OSの分野でのLinuxの成功を再現するのではないかと期待される。