順天堂大学は、同大大学院の研究グループらが、細胞内のミトコンドリア呼吸鎖複合体Iに対する阻害剤が、再発性/難治性白血病に対する新しいがん治療薬になりうることを発見したことを発表した。
この成果は、同大大学院医学研究科臨床病態検査医学の田部陽子特任教授らの研究グループと、米国MD Anderson がんセンターのJoseph R. Marszalek 博士、 Marina Konopleva 教授らとの共同研究によるもので、6月11日、英国科学雑誌「Nature Medicine」のオンライン版に掲載された。
がんの治療において、 抗がん剤が効かなくなる耐性の獲得が問題となっている。 がん細胞が存在するがん微小環境では、異なる性質をもつ細胞の集団として存在するため、抗がん剤の特異的な分子異常を標的とした治療に対して生き残ったがん細胞は、変異しながら次々と耐性を獲得していく。
そこで研究グループは、この耐性の獲得を避けるため、細胞が共通してエネルギーを依存するミトコンドリア呼吸を標的とした抗がん剤の開発が有効ではないかと考えた。 まず、がん微小環境においてがんの生存を助ける低酸素誘導因子(HIF1a)を抑える分子に着目し、新しい医薬品の候補となり得る化合物薬剤のスクリーニングを開始した。
その化合物の中から、ミトコンドリア呼吸鎖複合体Iを標的とする酸化的リン酸化阻害剤のIACS-010759を選出し、次にこの阻害剤の抗がん作用について複数の培養がん細胞を用いて調べたところ、エネルギー産生に必要なアスパラギン酸を抑えて、 がん細胞の増殖を抑制することを発見した。
この阻害剤が、がん細胞の代謝に及ぼす作用機序について、がん細胞での酸素消費率や代謝産物の変化を調べたところ、ミトコンドリア呼吸の阻害にともないエネルギー代謝の解糖系が活性化することが判明した。さらに、IACS-010759による細胞死の誘導作用を調べたところ、正常細胞に対しての毒性は低く、解糖系に異常があるがん細胞に対しては細胞死を強く誘導して、抗腫瘍効果が高いことがわかった。
次に、脳腫瘍モデルマウスにこの阻害剤を毎日服用させたところ、腫瘍が縮小し、生存期間中央値が約2倍に延長した。また、白血病細胞を移植したマウスにおいては、用量依存的に白血病細胞の比率が低下するなど、強力な抗がん作用を確認した。このことから、酸化的リン酸化阻害剤IACS-010759が、脳腫瘍や白血病に対する新しいがん治療薬になりうることが明らかになった。
この研究により、同阻害剤のがん細胞に対する抗腫瘍活性と生体に対する安全性が確認されたため、現在、米国のMD Andersonがんセンターにおいて、急性骨髄性白血病の第一相臨床試験が行われている。阻害剤IACS-010759は、正常細胞に対する細胞毒性が低いため、高齢者のがん治療に適しているほか、呼吸代謝を標的とするため抗がん剤への耐性化を獲得しにくいため、高転移性や難治性のがんへの新規治療薬として実用化が期待できる。そのため現在、実用化に向けて再発性/難治性白血病において新規抗がん剤としての臨床研究を進められている。研究グループは今後、このようながん代謝制御治療が、がん治療のブレークスルーとなる可能性があると説明している。