PLDスペースだけじゃない、欧州の超小型ロケット

ESAが5社を選んだ、ということからもわかるように、欧州で超小型ロケットを開発し、なおかつその実現の可能性が比較的高いと見込まれている企業は、PLDスペースだけではない。

たとえば欧州の主力ロケット「アリアン5」や、次世代主力ロケット「アリアン6」を開発・製造しているアリアングループ(ArianeGroup)は、「Q@ts」という超小型ロケットの開発を検討している。Q@tsはQuick Access to Spaceの略で、Aが@になっているのがちょっとおしゃれな、さすがフランス企業といったところだろうか。

詳細は明らかになっていないものの、3段式のロケットで、打ち上げ時質量は23トン。過酸化水素などを使うエンジンを搭載するという。

もっとも、同社のロケットを運用するアリアンスペースは、現時点では、超小型ロケットの需要はそれほど多くはならないと見ており、開発中のアリアン6や小型ロケット「ヴェガC」で、一度に大量の小型・超小型衛星を打ち上げる手段と市場の確立をまず最優先に考えている。今後、Q@tsが実際に開発されるかどうかは、超小型ロケットの市場の現状と将来を見極める試金石となろう。

参考:「ロケット企業「アリアンスペース」は変革する宇宙業界をどう見る? (1) 小型衛星ブームの中、大型ロケットで超小型ロケットと戦う方法」

ESAが選んだもう一社のドイツのMTエアロスペースは、4つのコンセプトを提案している。そのうち「MTA」と「WARR」は地上から発射する多段式のロケット、「ダネオ」(Daneo)はビジネス・ジェット機から空中発射するロケットである。

もうひとつのコンセプトにして、かなりの変わり種が、同社とスペインの企業「ゼロ2インフィニティ」(Zero 2 Infinity)が共同開発する「ブルースター」(Bloostar)である。ブルースターはヘリウム気球を使って上空20kmまで上昇し、そこからロケットを空中発射するというもので、かつて日本でも開発されていた「ロックーン」とほぼ同じである。

空気の薄い上空から発射するため、空気抵抗をあまり考えなくていいことから、ドーナツを重ね合わせたような、あるいは輪切りにした玉ねぎのような、おおよそロケットらしくない形状をしている。

  • ロケット「ブルースター」の試験機

    ドイツのMTエアロスペースが提案している、スペインのゼロ2インフィニティが開発しているロケット「ブルースター」の試験機 (C) Zero 2 Infinity

そしてアリアンスペースが運用するヴェガを開発・製造している、イタリアのアヴィオと、同社とイタリア宇宙機関との合弁企業であるELVは、「クイック・ローンチ・ヴィークル」(Quick Launch Vehicle)と「ファイナル・ローンチ・ヴィークル」(Final Launch Vehicle)という2種類のロケットを提案している。両機とも、同社が開発中の小型ロケット「ヴェガC」と「ヴェガE」の技術や部品を流用し、超小型ロケットに仕立てている。

そしてもう一社はポルトガルの企業「デイモス」(Deimos)で、2段式の液体ロケットを提案している。

  • 「ファイナル・ローンチ・ヴィークル」の模型

    イタリアのELVが開発している超小型ロケットのひとつ「ファイナル・ローンチ・ヴィークル」の模型 (C) Avio

超小型ロケットの開発競争は「待ったなし」

このほかにも、欧州の各地で超小型ロケットの開発は進んでいる。もちろん実現が怪しいものも多く、そもそもPLDスペースにしても、超小型ロケットで再使用というのは、技術的にはともかく、実際に低コスト化やそれによるビジネス化が達成できるかはまだわからない。

まだ宇宙への打ち上げに成功したところもないが、それでも、ロケット・エンジンの開発に成功するなど、技術的にはたしかなものをもっているところは多い。

なにより大きいのは資金力とその流れである。アリアングループやELVといった大手企業はいうまでもないが、PLDスペースにしても、まだ一度もロケットを打ち上げたことすらないのにもかかわらず多額の資金調達に成功した。ゼロ2インフィニティも、変わり種なコンセプトながら、すでに6000万円近い金額をクラウドファンディングで集めている。

また、アリアングループやELVといった、すでに大型や小型ロケットの開発で実績のある大手企業が参画していることからも、欧州から超小型ロケットが飛び立ち、市場で一定のシェアを握ることになるのは時間の問題だろう。

  • アレイオーン2の想像図

    アレイオーン2の想像図 (C) PLD Space

ひるがえって日本の状況は、米国はもちろん、欧州からも遅れている。日本にも「インターステラテクノロジズ」のように超小型ロケットを開発しているベンチャー企業はあり、投資やクラウドファンディングで資金を集めているが、これまでの金額はもちろん、会社の規模や従業員数もPLDスペースより小さい。

それでも同社は、アレイオーン1と同じく高度100km以上まで飛べる観測ロケット「MOMO」を開発し、宇宙には到達できなかったものの、実際に打ち上げまでこぎつけている。さらに並行して超小型ロケット「ZERO」の開発も行っているなど、現時点での事業内容ではPLDスペースの先を行っている。だが、資金力で劣る以上、このままではいつか抜かれることになるかもしれない。

日本で宇宙ベンチャーに対する理解が少ないというわけではない。たとえば月探査や資源採掘を検討している「ispace」は、今年2月までにシリーズAラウンドで103.5億円を調達している。ロケット飛行機で宇宙旅行ビジネスを目指す「PDエアロスペース」は5月、5.2億円の資金調達を実施している。

それでも、宇宙ベンチャー全体に流れる金額は欧米に比べると少なく、とくに超小型ロケットに至っては非常に少ない。

しかし、宇宙ビジネスは、とにかくまずは宇宙にモノを打ち上げてこそ初めて意味をなす。いくら小型・超小型衛星が宇宙ビジネスの大きな極のひとつであるとはいっても、それを打ち上げる手段がなければ意味がない。その手段であるロケットの開発に資金が集まっていない現状は、いびつとさえ言える。

こうした状況を改善するためには、まず投資家や大企業、国の機関などから、もっと多くの資金が超小型ロケットの開発に流れるようにすることが重要となろう。また、国や機関が法律面や技術協力などで適切に支援するなど、環境を整えることも重要になる。

それにより、他国に比類するロケット企業が生まれ、技術や価格競争ができるようになったり、あるいは日本国内だけでも競争が起こるようになれば、日本の超小型ロケットの市場やビジネスは強固なものになる。さらに、小型衛星市場の拡大に対応できたり、さらなる拡大の牽引役になったり、そして打ち上げ失敗や事業撤退といったリスクに対応したりといったことも可能になる。

すでに米国のロケット・ラボは一度打ち上げに成功し、商業打ち上げの段階を迎えている。他の米国企業も近々打ち上げを控えているところがいくつかあり、そしてPLDスペースなど欧州勢も追い上げを見せている。この数年のうちにプレイヤーが出揃い、市場がおおむね形成されることになろう。

超小型ロケットの開発競争と覇権争いは、もはや「待ったなし」の状況にある。そこに日本発の企業が入り込むためには、いますぐ動き出す必要がある。

  • ISTが開発するロケット「ZERO」

    日本のインターステラテクノロジズが開発中の超小型ロケット「ZERO」の想像図 (C) インターステラテクノロジズ

参考

PLD SPACE COMPLETES ITS 17 MILLION EURO INVESTMENT ROUND - PLD Space
Arion 1 - PLD Space
capabilities - PLD Space
ESA explores microlaunchers for small satellites / Space Transportation / Our Activities / ESA
Bloostar - Z2I Launcher

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info