東京大学は、国際共同研究チームが、重力レンズと呼ばれる自然の増光現象を利用することで90億光年離れた単独の星「イカロス」の観測に成功したことを発表した。

この成果は、ミネソタ大学のPatrick Kelly氏をリーダーとし、東京大学の理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センターの大栗真宗助教、同大理学系研究科天文学専攻の川俣良太氏と、東北大学理学研究科天文学専攻の森下貴弘氏らの研究者が参加する国際共同研究チームによるもので、天文学の学術雑誌「Nature Astronomy」誌に掲載された。

  • ハッブル宇宙望遠鏡により撮影されたイカロスの画像(c)NASA/ESA/P. Kelly(出所:東京大学ニュースリリース)

    ハッブル宇宙望遠鏡により撮影されたイカロスの画像(c)NASA/ESA/P. Kelly(出所:東京大学ニュースリリース)

銀河は典型的には100億個の星から構成されており、我々はその星の光の集合を銀河として観測している。

銀河を構成する個々の星を分解して観測することは、望遠鏡の感度や分解能の限界によりごく近傍の銀河を除いて、通常は不可能である。しかし、重力レンズと呼ばれる自然の集光現象を利用することで、この限界を克服できる。重力レンズとは、一般相対論により予言される重力場による光の経路の曲がりで、これにより遠方の天体からの光を集光し増幅させることができる。この集光現象をうまく利用することで、遠方の銀河内にある単独の星を観測することも原理的には可能だが、そのような現象はこれまで発見されていなかった。

国際共同研究チームは、地球から50億光年離れた MACS J1149+2223と呼ばれる銀河団を、ハッブル宇宙望遠鏡で観測した際に、銀河団背後にある90億光年離れた渦巻銀河の中で増光する天体を発見した。これまでの単独の星の観測は 1 億光年より近いごく近傍の銀河の星に限られていたが、今回の90億光年離れた銀河の星の観測によって、単独の星の観測の最遠方記録を大幅に更新した。

この増光された星を、研究チームはギリシャ神話にちなんでこの星を 「イカロス」と名付けた。研究チームの解析によると、イカロスは最大で元の明るさの2000倍以上に増光されたと見積もられている。重力レンズによる増光がなければ、この星は単独では到底観測することはできないが、2000倍以上の非常に大きな重力レンズ増光によって観測が可能となった。

また、この観測は、宇宙の質量の大半を構成するダークマターの研究に対しても非常に有用となる。研究チームの解析によると、ダークマターがどのような物質から構成されているかで星の増光パターンが大きく変わり得る。例えば、ダークマターが太陽の数十倍の質量のブラックホールから構成されているという説は、2015年のブラックホール合体からの重力波発見に触発され盛んに研究がおこなわれているが、もしすべてのダークマターが太陽の数十倍の質量のブラックホールから成っていた場合、観測されたイカロスの増光パターンを説明できず、そうした説を棄却することができた。

将来、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡と呼ばれるハッブル宇宙望遠鏡より、感度の高い望遠鏡が始動する予定だが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による銀河団の観測によって、イカロスのような単独の星の増光現象がさらに多数観測されることになる。それにより、遠方の銀河を構成する星の研究やダークマターの研究が、より一層進展するものと期待される。