宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、中央大学の研究チームが、ネコ用人工血液の開発に成功したことを発表した。

この成果は、中央大学理工学部の小松晃之教授らの研究チームによるもので、3月19日、に英国王立化学会の学術誌「ジャーナル・オブ・マテリアル・ケミストリーB」の電子版に掲載された。

  • X線結晶構造解析により明らかにした遺伝子組換えネコ血清アルブミンの立体構造(出所:JAXA Webサイト)

    X線結晶構造解析により明らかにした遺伝子組換えネコ血清アルブミンの立体構造(出所:JAXA Webサイト)

近年、大量出血した動物や貧血の動物を治療するための「輸血」の頻度も増加傾向にあるが、日本では、動物用血液の備蓄システムが存在しないため、輸血が必要な重症動物については獣医自身が自らドナーを探し、血液を準備しなければならない。

動物用の人工血液が病院内に常備され、いつでも供給できる体制が確立されれば、ドナーの確保はもとより、血液適合性試験も不要となるため、輸血の手技は大幅に簡略化される。深刻な輸血液不足の問題を抱える獣医療の現場にとって、人工血液、特に"赤血球の代替物となる人工酸素運搬体"の需要はきわめて高く、その開発と実現が強く望まれてきた。

一方、臨床利用を目指したヒト用人工酸素運搬体では、酸素輸送タンパク質であるヘモグロビンを加工したヘモグロビン重合体や高分子結合ヘモグロビンなどがつくられ、臨床試験も行われてきたが、安全性や有効性が十分でないとの理由から実用化には至っていない。

2013年、小松教授らの研究グループは、ヘモグロビンにヒト血清アルブミンを結合したコア-シェル型の(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターを合成し、それがヒト用人工酸素運搬体として機能することを見出した。ネコは自然発生の同種異型抗体を持つため、初回輸血時でも血液型不適合により死に至る状況に陥りかねない。人工酸素運搬体が実現すれば、輸血治療に大いに役立つと考えられるが、(ヘモグロビン-アルブミン)クラスターをネコ用として使用するためには、ヘモグロビンに結合しているヒト血清アルブミンをネコ血清アルブミンに置き換える必要がある。

研究グループは、まず遺伝子組換え技術を用いてネコ血清アルブミンを人工的につくり出した。さらに、中央大学とJAXAとの共同研究により、「きぼう」日本実験棟にてネコ血清アルブミンを結晶化し、X線結晶構造解析によって立体構造を世界で初めて解明した。続いて、ウシヘモグロビンの分子表面に3個の遺伝子組換えネコ血清アルブミンを共有結合した(ヘモグロビン-組換えネコ血清アルブミン)クラスター(製剤名:ヘモアクト-FTM)を合成し、その構造、物性、酸素結合能を明らかにした。ヘモアクト-FTMは、血液型がなく長期保存が可能で、輸血液の代わりに生体へ投与できる人工血液となる。

  • ウシ赤血球から精製したヘモグロビンを遺伝子組換えネコ血清アルブミンで包み込んだ形のヘモアクト-FTM(出所:JAXA Webサイト)

    ウシ赤血球から精製したヘモグロビンを遺伝子組換えネコ血清アルブミンで包み込んだ形のヘモアクト-FTM(出所:JAXA Webサイト)

その用途・利用分野は広く、赤血球代替物(出血ショックの蘇生液、術中出血時の補充液、病院搬入途中における酸素供給液、貧血猫への酸素供給液)としてはもちろん、心不全・脳梗塞・呼吸不全などによる虚血部位への酸素供給液、体外循環回路の補填液、癌治療用増感剤、などとしての応用が考えられる。

ヘモアクト-FTMは、動物医療の現場が抱える深刻なドナー確保の問題を解決する画期的な発明であり、動物の輸血療法に大きな貢献をもたらす。この成果は、ペットの健康増進に多大な貢献をもたらすばかりでなく、動物医療全体さらには我々人間の生活にも大きな波及効果を及ぼすものと期待される。