火星と木星の間に広がる小惑星帯(アステロイド・ベルト)。そこには数百万個もの小惑星が存在するといわれているが、これまでに探査機が訪れたのは、そのうちのわずか10個程度と、その姿を真に理解するには至っていない。
そこで、フィンランド気象研究所(FMI)やヘルシンキ大学などは共同で、300個もの小惑星を一網打尽に探査することを目指し、太陽風を利用して飛ぶ、超小型探査機の研究を進めている。
小惑星を旅する超小型探査機の艦隊
この計画を率いるフィンランド気象研究所のPekka Janhunen博士は、「小惑星はとても多様ですが、これまで近距離から観測できた例はごくわずかです。その多様性を深く理解するためには、より多くの小惑星を近くから観測する必要があります。それを手頃に実現する唯一の方法は、小さな探査機を使うことです」と語る。
その言葉どおり、この計画で使われる探査機は、質量わずか5kgしかない。そのいっぽうで、質より量と言わんばかりに、同じ探査機を一度に50機も打ち上げ、小惑星帯に向かわせる。研究チームではこのコンセプトを「小惑星を旅する超小型探査機の艦隊」(Asteroid Touring Nanosat Fleet)と呼んでいる。
打ち上げられた50機の探査機は、それぞれが独立して飛行し、6~7個ほどの小惑星をフライバイ(通過)し、探査する。つまりミッション全体で300個以上もの小惑星を探査できることになる。
各探査機には、小惑星の表面を1m以上の分解能で撮影できる望遠鏡や、組成を探る赤外線分光計、そしてこれらの観測機器を小惑星に向けるためのリアクション・ホイールなどが装備されている。これにより、小惑星の大きさや形、クレーターの有無、表面の組成や水の有無、衛星(月)をもっているかどうかなどについて調べることができる。
打ち上げから小惑星を探査し、地球の近くまで戻ってくるまでは約3.2年。超小型探査機には大きなアンテナが搭載できないため、小惑星の観測データが下ろせるのは、この地球に接近したタイミングしかない。まさに「家に帰るまでが遠足」となる。
太陽風で進む「Eセイル」
50機もの探査機を小惑星帯に向かわせ、なおかつそれぞれが異なる小惑星を探査しようとするなら、それぞれにロケットエンジンのような推進機構が必要になる。だが、わずか5kgの小さな探査機にエンジンを積むのは難しい。
そこで研究チームが考えているのが、太陽風を利用するというアイディアである。
太陽を利用して飛ぶ探査機というと、日本の「IKAROS(イカロス)」のような、太陽光の圧力を利用して飛ぶ「ソーラー・セイル」が有名だが、この探査機はそれとは異なり、太陽風――太陽から吹き出している陽子や電子、あるいはその電気を帯びたガス(プラズマ)を利用する、「Eセイル」(E-Sail:Eelectric Solar Wind Sail)を使う。
各探査機には、全長20kmにもおよぶテザー(紐)が取り付けられており、メインとなる探査機の機体の近くを中心にして、全体が約50分で1回転するようになっている。
メインの機体には高電圧を発生させる装置と電子エミッターが搭載されており、テザーを正の電位に帯電させる。すると、回転するテザーや機体が帆(セイル)となり、同じく正の電位をもった太陽風の陽子と反発し、推力が生まれ、探査機を動かす力となる。推力やその向きを変えるには、太陽風に対する角度を変えるだけでいい。
推力はとても小さく、最大で1秒間に1mmほど動かすほどの力しかないが、推進剤を使わないため、探査機の小型化、そして低コスト化に大きく役立つ。
ただ、太陽風を利用するというアイディアは古くからあるものの、まだ技術的には確立されていない。とくに、20kmもの長さをもちながら、細くて軽いテザーの開発や、そのテザーを展開させて回転させる機構の開発は、大きな技術的挑戦になる。
また、太陽風のエネルギーは太陽光よりはるかに弱いため、ソーラー・セイルと比べ、より大きな帆が必要になる。IKAROSのようなソーラー・セイルは数十m四方の大きさだが、この計画では全長20kmものテザーが必要になるのはそのためである。
もっとも、太陽光は太陽から離れるにつれて弱くなるものの、太陽風のエネルギーは太陽から離れてもほぼ一定なので、太陽風が届く太陽圏の中では、ほぼ一定の加速を維持できるというメリットがある。そのため、ひとたび技術が確立されれば、冥王星やさらにその先の、太陽系の果てにある天体を探査することにも応用できる。
安価に多数の小惑星を探査
Janhunen博士は、この計画の最大の特徴は圧倒的なコスト・パフォーマンスにあると語る。
もし、これまで米国航空宇宙局(NASA)や欧州宇宙機関(ESA)がやってきた小惑星探査のようなのやり方で、300個もの小惑星を探査しようとすると、そのコストは膨大なものになる。しかしJanhunen博士によると、この計画全体のコストは約6000万ユーロ(約80億円)ほどで、小惑星1個あたりに換算すると約20万ユーロ(約2700万円)と、きわめて安価にできるという。
もちろん欠点もある。前述のように、小惑星を探査したデータが地球に届くのは、探査を終えて地球に戻ってきたときしかなく、他の探査機のように、観測直後にデータを送ることができない。またEセイルの技術もまだ確立されていない。そのため打ち上げ時期のめども立っていない。
さらに、小惑星を探査するといっても、約1000kmほど離れた場所を高速で通過しながらの観測となり、かつ観測機器の性能も高いとはいえないので、得られる観測成果の"質"は、大型の探査機に比べると劣る。そのぶん300個もの小惑星を探査できるという「質より量」、あるいは「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ことに全振りした計画といえよう。
これまでNASAなどが行ってきた大掛かりな探査方法に取って代わることはないだろうが、そうした大掛かりな探査を行う前に、探査目標となりうる興味深い小惑星を探したり、露払いとしてその小惑星のおおまかな情報を得たりすることには役立つかもしれない。
また今後、カメラや電子機器などの技術がさらに進歩すれば、いま考えられているよりも多くの成果を得られるようになる可能性もある。
参考
・Asteroid touring nanosat fleet with single-tether E-sails
・Nanosat fleet proposed for voyage to 300 asteroids - Europlanet Outreach
・300 Asteroids in 3 Years | Daily Planet | Air & Space Magazine
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
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