企業イメージ、と一言で言っても、その内容は非常に多岐にわたる。企業のブランディング、つまり「個性」を表す手段として、昨今、国内で「フォント」への注目が高まりつつあるという。

フォント開発には多大なコストがかかるため、企業ごとに開発が行われるケースは少なく、特定のフォントを指定して一律利用することで「企業の顔となる文字」を定めることが多い。こうしたフォントは「コーポレートフォント」と呼ばれる。

スターバックスのメニューに記載されている日本語は、AXISフォント。タイププロジェクトのフォントを使用したコーポレートフォントの一例だ(スターバックス ジャパン)

そんな中、AXISフォントなどで知られるフォントベンダー・タイププロジェクトから、コーポレートフォントの導入をパッケージ化した「法人プラン」が登場した。コーポレートフォントの制作依頼は個別見積もりが一般的な中、利用可能なフォントの数や発行ライセンスと年額の利用料がオープンになっているところが目新しい。

今回は、タイププロジェクト 代表取締役 鈴木功氏に、日本国内におけるコーポレートフォントの活用状況と、それを受けて法人向けのコーポレートフォント提供プランを行うに至った理由を伺った。

企業がコーポレートフォントをつかうメリットは?

――「コーポレートフォント」に対する需要は、ここ数年で高まっているのでしょうか?

タイププロジェクト 代表取締役 鈴木功氏

鈴木氏:
はい、弊社へのコーポレートフォントにまつわるお問い合わせは増加しています。この3~4年で増えてきておりまして、1年あたり約20社以上の問い合わせをいただいている状況です。

こうした需要の高まりから、弊社では2015年に「フィットフォント」の提供を開始するなど、法人対応を強化してきました。今回、次の一歩として、コーポレートフォント導入プランを発表した、というところです。

――企業が「コーポレートフォント」を設定する利点はどこにあるのでしょうか?

鈴木氏:
ご存じの通り、日本語の文章は、ひらがな、カタカナ、漢字、欧文、数字など、非常に多くの文字が入り交じって作られます。

企業を「人」、フォントを「声」にたとえると、ひらがなや欧文といった「声」の種類ごとにトーンがバラバラだった場合、文章がぎこちない機械音声の合成のようになってしまい、「顔が見えにくい」ものになってしまいます。つまり、コーポレートフォントが決められておらず、部署や個人ごとにバラバラのフォントを使っていると、対外的なイメージもばらついてしまいます。

また、社内的な意識の改革についても効果的です。自社の名前のついたフォントであればなおのことそうですが、既存フォントの指定であったとしても、「自社をあらわすフォント」が定まることは、社員の方ひとりひとりの愛着心を醸成します。もちろん、書類作成時のフォント選びに迷うこともなくなるなど、実務面のメリットもあります。

――企業ロゴの変更はメディアに取り上げられることもありますが、コーポレートフォントはそうしたトピックとして扱われることはあまりないと感じます。企業イメージに対して、フォントはどのように作用していくものなのでしょうか?

鈴木氏:
フォントは、企業と顧客の接点には必ずと言って良いほど必要となる大切な要素です。確かに瞬発力のあるインパクトを与えるものではありませんが、長く同じものを使い続けることで、安定感、信頼感といった印象を与える一助となります。

実際、弊社のAXISフォントをコーポレートフォントに採用してくださっているある大手企業は、10年以上コーポレートフォントを変えておられませんし、信頼感ある企業イメージを安定して保たれています。

――コーポレートフォントの利用について、国内外の現状を教えてください。

鈴木氏:
日本では、大手企業を中心に少しずつ広がっているような体感です。業種で言えば、自動車メーカーが先行しています。グローバル展開が必須で、かつブランディング意識が非常に高いため、どのメーカーもコーポレートフォントをお持ちです。

一方、すでに欧州では業種問わず、企業のコーポレートフォント利用が一般化しています。文化の差ということもあるのですが、欧文は文字数が和文と比べて大変少ないので開発コストも比較的低く、オリジナルのフォントを使われている企業もあります。

そうした情勢もあり、これまでにいただいたご依頼は、大手グローバル企業からのものが多いです。日本での事業展開のために、欧文のコーポレートフォントに合った和文フォントを探していて、弊社のフォントを選んでいただいたというものですね。公開している事例には、スターバックス ジャパン様やシューズメーカーのカンペール様などがあります。

カンペールの店頭POPなど、顧客コミュニケーションのあらゆるところで使われている

また、グローバルに活躍されている国内企業としては、デンソー様の例があります。デンマークのデザイン企業・コントラプンクトの開発した同社の欧文フォントと調和する和文開発、組み替えのエンジニアリングを担当しました。同社のフォント開発には、市販製品にない太さ(ウェイト)のフォントを詳細に調整して提供できる「フィットフォント」を活用しています。直近では、さくらインターネット様のコーポレートフォント「Haru TP」も、フィットフォントを活用して開発しました。

デンソーのコーポレートフォント利用例(Webフォント)

さくらインターネットのコーポレートフォント利用例(印刷物)

フォント開発のプラン化で「デザイン意識」をはぐくみたい

――これまでさまざまな企業のフォント開発を行ってきた中で、今回発表した「法人プラン」というかたちで、コーポレートフォント開発のパッケージ化を打ち出した狙いを教えてください。

鈴木氏:
先ほど申し上げたように、コーポレートフォントの需要の高まりを受けて、というのが理由のひとつです。プラン化のきっかけは、さまざまなお問い合わせをいただく中で、しっかりとフォーマットを作れば、定型で対応できるものも多いのではないか、と考えたことにあります。

そこで、一般発売していないフォント20種をご用意し、その中から4種をピックアップしていただく方式を採用しました。フォント名も、従来の「R(レギュラー)」「B(ボールド)」といった表記をやめ、「AXIS ディスプレイ」「TP明朝 タイトル」など、利用シーンを想起させるような名称にしています。20種類から4種をピックアップするとして、4845通りのパターンがあります。いずれも市場には流通していないフォントですので、企業アイデンティティの発信、他社との差別化の源泉としてお使いいただけます。

法人プランで利用できるフォントの一覧

――では、対象ユーザーはコーポレートフォントをはじめて持つような中小企業も含まれるということですね。

鈴木氏:
はい、それがまさしくベーシックプランを設けた目的です。

これまでも、中小企業からコーポレートフォントのご依頼を受けたものの、初期導入費が企業側の予算感と合わず、断念されたケースもありました。また、そもそも「フォント」にお金をかけるために見積もりを出すという行為のハードルが高いということも考え、価格やライセンス数をオープンにしています。これは業界全体としても新しい試みです。

フォント開発は個別対応の幅が大きいため、"この値段が一定の基準"と捉えられることについて懸念はあり、社内でも議論はありました。しかし、「企業の顔となるフォントを定め、流通していないフォントの利用を可能にする」プランによって、多くの企業の社内意識が変化し、結果的に世の中全体のデザイン意識の向上にもつながると考え、今回発表に至りました。未来への投資と考えています。

――「フォントを選び、意識して利用する」という感覚を醸成する狙いがあったのですね。

鈴木氏:
ええ。もちろん、その後フォントの利用範囲を拡大されたいと考えた場合には、ライセンス数無制限のアドバンスプランに拡張していただくという変更も可能にしています。まずはお試しいただいて、コーポレートフォントの効果を実感していただければと思い、2プランを併設しています。

このプランは弊社として最適と考えたものですが、今後、お申込をいただいた企業からのフィードバックを受けて改良を続けていく想定です。発表タイミングではプランとして盛り込んでおりませんが、ハードウェアへの組み込み用途としてのコーポレートフォント導入にもお使いいただけるような体制を整えたいと考えています。

――最後に、同プランの想定利用者に対して、一言お願いいたします。

鈴木氏:
昨今はビジネスのあらゆるシーンにおいてUX(ユーザーエクスペリエンス)という言葉が取りざたされることも多いですが、UXの向上というのは、企業のブランディングを行う上でのひとつの手法でしかありません。

ブランディングは、企業が発するさまざまな物事によってなされる総合的なものです。そのため、企業が発信する製品、プレスリリース、広告宣伝などにおいてキーエレメントとなるフォントを、多くの企業が「選ぶ」ことになるきっかけとなれば、と考えています。

――ありがとうございました。