東北大学は、同大学大学院工学研究科の佐橋政司教授と野崎友大准教授らの研究グループが、クロム酸化物の反強磁性スピンの向きを低電圧で180度反転させることに成功し、反転に必要な電界の大きさを2桁低減する技術を開発したことを発表した。この成果は6月2日、「Japanese Journal of Applied Physics Rapid Communications」誌に掲載される。
クラウドやビッグデータ、IoT、AIなどの普及により、情報流通量とともに消費電力も増大の一途を辿り、情報機器には低消費電力化が強く求められている。これまでの情報記録デバイスでは、HDDや磁気メモリのようにCo(コバルト)や Fe(鉄)などの強磁性体から成る層に、磁化の反転領域を記録(記憶)する方法が用いられているが、これらは強磁性体磁化の電流駆動による磁化反転を利用するため、電流によるジュール発熱に起因した電力損失を免れられないという課題がある。加えて、記録(記憶)層に強磁性体を用いる情報記録デバイスでは、漂遊磁界の問題が高記録密度化への壁となっている。
研究グループは、これらの課題の解決方法として、クロム酸化物反強磁性体を情報の記録(記憶)層に用いることに着目し、クロム酸化物反強磁性体薄膜における反強磁性スピンの電圧によるスピン反転を実験検証することに既に成功している。しかし、クロム酸化物薄膜の膜厚が薄くなるほどこの反転に必要な電圧が増大することが明らかとなり、大きな問題となっていた。
この問題を解決するため、その原因をエネルギーバランスの観点から調べたところ、反強磁性スピンの反転有無を磁化信号として読み取るために用いる強磁性体薄膜との間の交換結合エネルギーが、電圧による反強磁性スピンの反転の妨げになっていることを突き止めた。
また、反強磁性スピンの反転に必要なエネルギーバランスの関係を調べ、反強磁性体であるクロム酸化物薄膜に弱い強磁性磁化成分を付与することで、反強磁性スピンの反転がアシストされることを見出し、交換結合ヘテロ構造を最適化することで、反強磁性スピンの反転に必要な電界を大幅に低減することが可能であることを発見した。
さらに、スパッタリング法で作製したクロム酸化物薄膜に生じる弱い強磁性磁化成分を利用し、反強磁性スピンの反転に必要な電界を2桁低減できることを実験検証することに成功した。これにより、磁気記録デバイスへの適用に必要な数十ナノメートルのクロム酸化物反強磁性体薄膜の反強磁性スピンの低電圧制御が可能となり、磁気メモリなどのスピントロニクスデバイスへの応用が現実的なものになったと説明している。
この方式は、電圧を印可した方向に反強磁性スピンを反転させる選択的双方向制御を可能とするシンプルな方式であり、その制御性の容易さからより広範囲な応用展開が期待されるという。今後は、一層の材料特性の改善を行うとともに、磁気メモリデバイス実現に向けたデバイスの設計開発などに注力して行く方針とのことだ。