ルネサス エレクトロニクスは4月11日、都内で国内では2014年以来となる大規模なプライベート・カンファレンス「Renesas DevCon Japan 2017」を開催。基調講演にて、同社 執行役員常務 兼 第二ソリューション事業本部本部長の横田義和氏が登壇し、IoTの末端となるエンドポイントに人工知能技術を実装する「e-AI」の説明を行った。同氏には、基調講演終了後に、別途、話を聞く機会を得たので、それを交えて、e-AIへの同社の取り組みを読み解いていきたい。

e-AIは現在、一般的に考えられているような、エンドポイントに搭載されているセンサから生み出される情報をクラウドに送り、クラウド側で解析を行い、それをエンドポイントに返して、エンドポイントを動かす、という流れを、基本的にはクラウドを介さずにエンドポイントのみで、同様のことを実現しようというもの。基調講演に登壇した同社代表取締役 兼 CEOの呉文精氏は、これを実際に活用しようと思うと、4つの課題があると指摘したが、もっと現場的な問題を考えると、ディープラーニングの「学習」の多くはGPUを活用して行われるが、その活用の段階である「推論」、特に組込機器の分野では、電力やシステムサイズなどさまざまな制約があり、GPUをそのまま適用できないという問題が、高い障壁となって存在している。そのため、電力対性能比がGPUよりも高いとうたうFPGAがそうした分野を狙っているが、IIoTの分野などでは、おいそれと設備を更新して、最新式のネットワーク対応の製造装置に入れ替える、というわけにもいかず、別のアプローチが必要となる。

e-AIは、すべての組込機器に知性を与えるべく開発されているもので、先行してルネサスが那珂工場で導入している事例でも、「15年前の装置でも、センサを搭載したユニットを乗せるといった改修でAI化を可能とした」と横田氏が説明するように、高い柔軟性を提供することが可能で、すでに国内外の40社ほどが、同工場の事例を横展開したい、という話を同社に持ちかけているという。

現在、同社は多くの市場でシェア1位を有しているが、「スマートファクトリ」、「スマートホーム」、「スマートインフラ」の3分野にマイコンやMPUを通して、e-AIの実装を目指していくとしており、すでに家電向けHMIやヘルスケアのバイタルデータ解析、FA機器の異常検知・予防保全、ビルオートメーション分野の構造物検針、認証、異常検知といった分野ではe-AIの適用が可能であると見込んでいる。

組込機器にAIを搭載する意義と効果の概要。ルネサスとしては、スマートホーム、スマートファクトリ、スマートインフラの分野で、すでにe-AIの適用が可能なアプリケーションがあると判断している。ちなみに写っている人物が同社 執行役員常務 兼 第二ソリューション事業本部本部長の横田義和氏

では、e-AIはどのように実現されるのか、というと、RZファミリ、RXファミリ、RL78ファミリ、Renesas Synergyに対して利用可能なEclipseベースの統合開発環境「e2studio」へのプラグインとして提供される「e-AIトランスレータ」、「e-AIチェッカ」、「e-AIインポータ」を活用することとなる。e-AIトランスレータは、ディープラーニングのメジャーフレームワークである「Caffe」および「TensorFlow」の学習済みAIネットワークをe2studioに展開するためのもの。フレームワークには、Preferred Networksの「Chainer」などもあるが、この点については、「検討はしている」とのこと。また、現在、プラグインは無償提供としているが、有償版の提供も検討していきたい、としていた。

e-AIの概要と、那珂工場での事例の紹介。ちなみにR-INはそのままではe2studioでは利用できないことに注意が必要

e-AIチェッカはe-AIトランスレータの出力結果から、選択したマイコン/MPUの情報に基づき、実際にビルドしなくても、ROM/RAM実装サイズと、推論実行処理時間を算出することを可能とするもの。これにより、コードを変えないで、RL78では要求仕様に満たないから、RXに変えようといった判断がしやすくなる。余談だが、同社の文字認識デモでは、推論実効時間120MHz動作で38ms/1枚(1秒間に25枚)の推論実効をRX64Mで行った場合、使用するRAMは19KB(4%)、ROMは384KB(9%)としていたが、「開発当初は、RAMとROMの値が逆になるような結果であり、それは組み込みの世界ではない、ということで、さまざまな改良を行い、今のようなRAM/ROMの使用量のバランスを決定していった」とのことで、表には出せない苦労が相当あった模様だ。

そして、e-AIインポータは、組み込みシステムに特化したディープインサイトなどが提供するAIフレームワークをe2studioと接続するためのものとなっている。

3つのプラグインを利用する場合のe-AI活用イメージと、3つのプラグインの概要 (提供:ルネサス エレクトロニクス)

また、同社が「GADGET RENESAS(がじぇるね)」と呼んで提供してきた、プロトタイプ用ボード「GRシリーズ」も新たにカメラ付きボード「GR-LYCHEE(ライチ)」を追加。このGR-LYCHEEのほか、GR-PEACH、GR-KAEDE、GR-SAKURAにてe-AIの開発を手軽に開始できるように、開発ツールであるWebコンパイラにもトランスレータ/チェッカが搭載される。

がじぇるねでもe-AIを使った開発が可能となる (提供:ルネサス エレクトロニクス)

なお、3つのプラグインは5月末に機能限定版の提供が開始され、6月末より正式版の提供がそれぞれ開始される予定となっている。