宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月15日、JAXA宇宙科学研究所(ISAS)が中心となって開発した「ジオスペース探査衛星」(ERG)を搭載した「イプシロン」ロケットの2号機を、2016年12月20日に打ち上げると発表した。
ERGが探査するのは、地球周辺の宇宙空間(ジオスペース)のなかで、最もエネルギーの高い電子が存在する「ヴァン・アレン帯」という場所である。このヴァン・アレン帯が発見されてから半世紀以上が経つものの、まだその詳しい仕組みなどはわかっていない。
ERGによって、発見以来からのヴァン・アレン帯の謎を解き明かすと共に、ヴァン・アレン帯の状態を正確に予想する仕組みを確立することで、私たちの生活や将来の人類の宇宙活動の安全を守ることにも役立つと期待されている。
今回は、謎多きヴァン・アレン帯と、その中へ向けて果敢に挑もうとしているERGについて紹介したい。
地球を取り囲むヴァン・アレン帯
地球の赤道上空の宇宙空間には、高いエネルギーの電子や陽子(放射線)が集まった領域が存在する。この場所の存在は、1958年に打ち上げられた米国初の人工衛星「エクスプローラー1」によって初めて発見され、その観測機器を開発したジェイムズ・ヴァン・アレン教授の名前を取って「ヴァン・アレン帯」と命名された。
ヴァン・アレン帯は、赤道上空を取り囲むような、2つのドーナツ状になっている。このうち内側のドーナツを「内帯」、外側を「外帯」と呼ぶ。内帯は高度3000kmあたりに存在しており、主に陽子やイオンが多い。一方の外帯は電子が多く、高度2万kmあたりから、先日打ち上げられた「ひまわり9号」などがいる静止軌道の近くまで存在している。
内帯と外帯とのあいだ(赤道上約9000kmから約1万5000km)には、電子の放射線帯は通常存在せず、この空洞は「スロット領域」と呼ばれている。ただ、こうした構造は環境によって大きく変化することがあり、とくに外帯は消えたり現れたり、さらにスロット領域で電子が急激に増えたりと、激しく変化するという。
こうしたヴァン・アレン帯が形作られているわけは、太陽と地球の活動が密接にかかわっている。太陽は激しく活動をしており、プラズマが常に飛んでいる。このプラズマの流れのことを「太陽風」といい、1億5000万kmも離れた地球にまで届いている。
一方、地球には「磁気圏」という領域がある。方位磁石などでおなじみのように、地球全体は巨大な磁石になっており、その磁石の力が届く領域(磁場)は宇宙空間にも及んでいる。そしてこの領域に太陽風がぶつかると、まさに風で吹き流されるように太陽とは反対側へ向けて磁場が押し流される。この領域のことを磁気圏と呼ぶ。もし地球に磁場がなければ、太陽風が直接地球にぶつかり、地球に住むあらゆる生命は生き延びることができないといわれており、つまり磁場、そして磁気圏は、太陽風から地球を守る盾のような役割を果たしている。
その磁気圏の中に、太陽風によって運ばれてきたプラズマなどが閉じ込められたような領域があり、それがヴァン・アレン帯となっているのである。
ヴァン・アレン帯はどのようにして作られているのか
しかし、このヴァン・アレン帯の高エネルギー電子が、どこで、どのように作られているのかは、ヴァン・アレン帯が発見されて以来の謎となっている。
ヴァン・アレン帯にある電子のエネルギーは、実に数百keVから数十MeVにもなり、一つひとつの電子はほぼ光の速さで飛び交っているという。ところが、太陽風のもつ電子のエネルギーは100eVほどしかなく、地球の超高層大気の電子も1eVほどしかない。はたして何が、いったいどこで、これほどまでに大きなエネルギーを生み出しているのだろうか。
さらに、太陽風の流れの変化に応じて、地球周辺の宇宙空間では宇宙嵐と呼ばれる現象が起き、ヴァン・アレン帯の電子が増えたり減ったりすることも知られているものの、そのメカニズムもわかっていない。
その謎を解く鍵として考えられているのが、「コーラス」と呼ばれる現象である。コーラスとは、高度数万kmというとても高いところの宇宙空間にある数kHzの電波のことで、もちろん宇宙は真空なので音を直接聞くことはできないが、その電波を受信してスピーカーにつないだとすると、まるで小鳥がさえずっているように聞こえる。
このコーラスの存在は、無線による通信が実用化された第一次世界大戦のなかで明らかになった。明け方に兵士が無線を聞いていると、このような音がスピーカーを通じて聞こえてきたのである。当時はその正体はわからず、小鳥のさえずりのように聞こえることからコーラスと名付けられ、その後の研究で宇宙から来たものだとわかった。
このコーラスは数秒ごとに集団で発生したり消えたりしている。また、この音を聞いているとわかるように、数秒ごとに音が高くなったり低くなったりして聞こえるが、これは周波数が高くなったり低くなっていたりするということを表している。
このコーラスが電子と共鳴することで、ヴァン・アレン帯の高エネルギーの電子が作られているのではないか、というのが現時点での仮説だという。
「ヴァン・アレン帯の高エネルギー電子がどこで、どのように生成されているのか」がわかれば、ヴァン・アレン帯発見以来の謎に終止符を打つことができる。
また、ヴァン・アレン帯に存在する放射線は強力なため、もしヴァン・アレン帯が大きく変動し、普段は届かない領域まで発達すれば、通信や放送、航法などを司っている人工衛星にトラブルが発生したり、宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士の命が脅かされる可能性もある。そのため、ヴァン・アレン帯の状態や変化を、正確に予想できる仕組みを作ることが求められている。
こうした予想は、地球の雨や風を予想する天気予報になぞらえて「宇宙天気予報」とも呼ばれており、ヴァン・アレン帯にある高エネルギー電子の生成メカニズムや、その増減の様子がわかれば、宇宙天気予報の精度が向上することが期待されている。
こうしたヴァン・アレン帯発見以来の謎と、人類の宇宙活動の未来を守るために開発されたのが「ジオスペース探査衛星」(ERG)である。