アクティブ・ラーニング実践の現状

基調講演ののちに福島県内で実施されている5つの事例の現状報告が行われ、その後発表者をパネリストに迎えての意見交換が行われた。日本の教育現場において、腰を据えたアクティブ・ラーニングの導入は先例が少ないため、準備する教材や指導方法として明確に確立しているものはまだない。教員側も都度の課題にぶつかりながら手探りで実施しているのが現状である。

今回の事例報告の1つとして、「地方創生イノベーションスクール2030福島市チーム」から、福島市内の2つの中学校が取り組んでいる地方創生を考えるプロジェクトの報告が行われた。これは、生徒たちが中心となって「福島市の魅力を伝える観光ツアー」を企画し、旅行プランを旅行会社に提案して、福島市の協力も得ながら企画を実現させるというものである。今年の夏には、実際に生徒たちが自ら観光客を募ってツアーのガイドを行なった。このプロジェクトでは、生徒が地域の課題を考えるところからスタートしている。例えば、生徒たちは政府のデータ分析ポータル「RESAS」を活用して自ら調査・分析を実施することで福島市の果樹類の販売額が震災前から減少していることを突き止め、福島の農業の問題は大震災だけが原因でないことに気が付いた。さらにヒアリング調査を進め、少子高齢化による農業の担い手不足、果物の消費量そのものの減少など、地方創生の本質的な課題について熟考する場面もあったそうだ。この取り組みは、「地方創生☆政策アイデアコンテスト2015」の地方創生担当大臣賞を受賞7)している。

シンポジウムでは、実施する上で浮き彫りになった現場の課題についても報告された。まず1点目は、教員側の意識の統一についてである。今後の学習指導要領改訂後のアクティブ・ラーニング導入を想定したとき、「総合的な学習」の時間枠を使い、複数の学級で並行して実施されると、実際に授業で何をするのかは担当教員にゆだねられる。したがって、この取り組みが生徒の学びにとって非常に重要であると、携わる教員全員が理解し賛同している必要がある。もし教員の間に大きな意識のばらつきがあった場合、それがそのまま授業内容の質として現れ、受け手側の生徒の学びに差が出てしまうのだ。

2点目は教員側の負担である。統一的な教科書・教材はなく、次の授業で必要となる情報をそろえ、毎回の授業のゴールを設定していくこの種の授業では、教員側にかなりの準備時間が必要となる。しかしながら、現在の一般的な公立中学校の教員の場合、保護者の対応や部活動の指導、各種の事務作業などにより18~19時頃まで手が空かないのが一般的である。教員側の準備時間をいかに確保するかも大きな課題と言える。

さらに、生徒の知識・スキル・価値観がどのように変化したかという点についても、通常の教科のようにテストの点数で測りにくいため評価が難しい。この点は、まさに今、研究が進められているところである。シンポジウムの中では、福島大学理事・副学長の三浦浩喜氏から「プロジェクト学習で伸ばす力と評価」と題して、自己評価・生徒間ピアレビュー・教員面談を経て数値を確定していくKPI測定方法などについても報告された。福島大学主催の「OECD東北スクール」において生徒の成長の定量的把握の実績があり8)、後継事業である「地方創生イノベーションスクール2030 東北クラスター」における最新の評価結果が紹介された。

このほかにも、同シンポジウムでは、「地方創生イノベーションスクール2030 ふたば未来チーム」の生徒からベラルーシ・ドイツなどへの海外研修について英語での報告、海外の小学校とのビデオレターのやりとりを通じてメディアリテラシーを学ぶ「福島ESDコンソーシアム」の取り組みの報告、ならびに「次世代アグリビジネス - 人材育成の観点から考える2030年の農林水産業」でも紹介している「農業高校における経営マーケティングプログラム」の報告が行われた。当日は、聴講者の方々からも積極的な質問・意見が出され、教育現場へのアクティブ・ラーニングの本格導入に向けて足がかりとなるよい機会となった。

後編では、シンポジウムにて意見交換された内容を紹介するとともに、アクティブ・ラーニングがもたらす可能性と今後の本格導入に向けた課題について考察する。

参考文献

1) 初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について(諮問)(2014.11.20)
2) 次期学習指導要領に向けたこれまでの審議のまとめ(素案)のポイント(2016.8.1)
3) 「アクティブ・ラーニング」を考える 教育課程研究会編著 P.68
4) 東ロボくんの"苦手分野"を克服する(教育家庭新聞、2016.4.11)
5) 世界の「言葉の壁」をなくす多言語音声翻訳技術(2014.12.5)
6) THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?
Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne(2013.9.17)
7) 地方創生☆政策アイデアコンテスト2015
8) 「OECD 東北スクールの取り組みとその教育効果」 三浦浩喜,七島貴幸,村重慎一郎(福島大学地域創造 第26巻 第2号、2015.2)

著者プロフィール

藤井篤之(ふじいしげゆき)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 シニア・マネジャー
入社以来、官公庁・自治体など公共サービス領域のクライアントを中心に、事業戦略・組織戦略・デジタル戦略の案件を担当。農林水産領域においては輸出戦略に精通している。
また、アクセンチュアの企業市民活動(CSR活動)において「次世代グローバル人材の育成」チームのリードを担当。経営・マーケティングに関する農業高校向け人材育成プログラムの企画・開発を行う。

久我真梨子(くがまりこ)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 マネジャー
企業の事業戦略・組織改革などに関するコンサルティングと並行し、教育機関に対して、カリキュラム改組から教材開発、実際の研修実施に至るまで踏み込んだ支援を行う。
人材育成に関する豊富な知見を活かし、アクセンチュアの企業市民活動において、農業高校向け人材育成プログラムを提供している。