マッキベン型人工筋肉の課題

マッキベン型の人工筋肉にも課題はある。それは、コンプレッサ(空気圧縮機)が必要となる点。コンプレッサは大きく、音も出るため、使える場所が限定されてしまう。そこでs-muscleでは、東京都小金井市のコガネイという空気圧機器メーカーとともに、小型空圧ポンプの開発を行っていく。

また、基礎研究の段階ではあるが、人工筋肉のなかに小型のコンプレッサとして、燃料電池を組み込むことも考えているという。燃料電池内の樹脂の膜に通電すると、酸素と水素のガスが出て膨らむ。逆にショートさせてやれば、ガスが水に戻るため減圧するという仕組み。この際、エネルギーを回収することができるのがポイントだ。こういった小型のコンプレッサが実現できれば、鈴森教授らの人工筋肉の応用範囲は劇的に拡大していくであろう。

<燃料電池内蔵アクチュエータが動作する様子 動画提供:鈴森・遠藤研究室

本質だけを残した「ジャコメッティロボット」

人工筋肉は、鈴森教授が提唱する「ジャコメッティロボット」という新しいロボットの概念にも応用されている。ジャコメッティとは、スイス出身の彫刻家。針金のような細い人物彫刻が彼の作風だ。産業革命以降、機械は「力」「精度」「スピード」の向上を目指してきたといえるが、ジャコメッティロボットは、この流れに一石を投じるものである。

鈴森教授は、ジャコメッティロボットのコンセプトについて、「いろいろな装置やセンサをつけることで高性能なものはできますが、かなり重いロボットになってしまう。それを原発の中に入れたり、壁を上らせたりする際、落ちたり倒れたりしたときの対応がまたひとつ大きな課題になってしまいます。そこで、ひたすら真面目に高性能なロボットを作るのではなく、無駄なものを全部そぎ落として、本質的なものを残そうという考えに至りました」と語る。

実際に見せていただいたジャコメッティロボットは、その名のとおり無駄のない細長い肢体となっていた。理論上はアームが無限に伸びるように設計することもでき、たとえば災害現場での捜索活動などに応用できる可能性がある。これは、普通のモーターで実現しようとしても重くて不可能だ。そこで人工筋肉の出番となる。

ジャコメッティロボットの外観。細長い肢体が特徴

モーターの代わりに人工筋肉を利用することで軽量化を実現。2m弱の大きさで重量は3kgほど

「位置決めの精度や大きな力は出せないんだけど、先端にカメラを乗せて災害現場の様子を見に行くことくらいならできる。これまでのロボットが目指してきた力・精度・スピードの向上といった流れからは、切り離した考え方です。世の中の流れに乗るのではなく、違う視点で見たい。そして口先だけで言うのではなく、実際にやってみせるということにおもしろさを感じています」(鈴森教授)

新しいデバイスが登場すれば、新しいロボットができる

s-muscleの代表取締役を務めながらも、本業である大学教員としての業務もおろそかにはできない。両立に苦労しているという鈴森教授だが、彼の目指すところはどこなのだろう。

「実際に役に立つものを作りたい。異論はたくさんあるかもしれませんが、僕は、革新的なロボットは、革新的なデバイスによってできあがると考えています。もっと挑発的な言い方をすると、誰にでも手に入るモーターを組み合わせても、誰にでもできるロボットになってしまう、と」(鈴森教授)

新しいデバイスが登場すれば、新しいロボットができる――確かに、柔らかくて軽くて力のある人工筋肉のようなデバイスがなければ、鈴森教授の提唱するジャコメッティロボットという概念は生まれてこなかっただろう。

そして鈴森教授は、次のように続けた。「一人でやっていても役に立つものはできません。僕は、システムを作ることよりも、鍵となるコンポーネントを作って、実際に作る人たちにそれを提供していきたい。その結果、すごいロボットができたら、それを作った人たちに有名になってもらえば良いわけで。僕はその横で、"この革新は僕がやったんだぞー"と、一人でほくそ笑んでいれば良いんです(笑)。そこを狙いたい」

「それを実現するのが人工筋肉であり、大学発ベンチャーである、というわけですね?」と筆者が問いかけると、「そうですね、うまくいけばこれがそうなるんですよ」と、鈴森教授は笑顔を見せた。