東京工業大学(東工大)は5月10日、しきい値電圧の低い有機トランジスタとして機能する複素環化合物を安定的に合成する手法を開発したと発表した。
同成果は、東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 伊藤繁和准教授、植田恭弘大学院生、三上幸一教授らの研究グループによるもので、5月2日付けのドイツ科学誌「Angewandte Chemie International Edition」に掲載された。
不対電子をもつ分子種であるラジカルを2つ含む複素環化合物(1,3-ジホスファシクロブタン-2,4-ジイル)は、リン原子の効果によってふたつのラジカル電子が反平行となった一重項状態にある。開殻一重項と呼ばれるこの状態は、結合の足りない状態となっており不安定であるのが普通だが、適切に置換基を配置することによって空気中でも扱えるようになる。
同研究グループはこれまでに、この開殻一重項複素環化合物がp型半導体としての性質を示し、しきい値電圧の低い電界効果トランジスタとして機能することを見出している。
また、安定した化合物を得るための方法として、複素環開殻一重項分子のリン上に芳香族構造を導入すると、分子の特性を制御することができることがこれまでにわかっており、同研究グループはその方法として芳香族求核置換反応を見出していた。しかしこの場合、合成前駆体である複素環アニオンの求核性が低いため、導入できる置換基が電子不足な芳香族置換基に限られてしまうことから、p型半導体として有用な複素環開殻一重項構造を活用できる化合物を合成するには不向きであった。
今回、同研究グループは、ベンゼンから2つの水素を取り去った「ベンザイン」の求電子性に着目。高い求電子性を示すベンザインを導入する置換基として用いれば、合成前駆体の複素環アニオンが問題なく反応して安定した化合物が得られると考えた。
そこで、まず複素環アニオンを調製し、これに反応させるベンザイン構造を持つ分子種「アライン」の発生法を検討。2-シリルトリフレートとフッ化物イオン試薬による発生法を適用することによって、複素環アニオンに芳香族構造が効率よく導入され、対応する開殻一重項化合物を空気中で安定的な濃青色固体として得ることに成功した。なお、用いるアライン前駆体の構造を変更すると、導入できるアリール構造を変化させることができる。
こうして得られたリン複素環開殻一重項化合物の溶液を用い、ドロップキャスト法で電界効果トランジスタ素子を作成したところ、しきい値電圧-4Vでp型の半導体挙動を示し、またフッ化水素を付加すると色調が黄色に変化し、塩基を作用させればフッ化水素がはずれて元に戻るため、フッ化水素検知物質にもなることが確認されている。
同研究グループは、今回開発された合成法について、より安定で性能の高い有機半導体やセンシング材料の開発につながるものと説明している。