岡山大学は6月25日、スピン偏極率がほぼ100%とされるクロム酸化物(CrO2)が低温でハーフメタルであること世界で初めて実験的に明らかにしたと発表した。

CrO2の結晶構造。赤丸がクロム原子(Cr)を、青丸が酸素原子(O)を表している。

同成果は岡山大学大学院自然科学研究科(理)の藤原弘和氏、寺嶋健成特任研究員、脇田高徳特任研究員、村岡祐治准教授、横谷尚睦教授らの研究グループによるもので、5月19日(現地時間)に米国応用物理雑誌「Applied Physics Letters」に掲載された。

普通の金属では、上向きスピンを持った電子数と下向きスピンを持った電子数は等しくなる。一方、強磁性体では、二つのスピンを持つ電子の総数は異なっている。上向きスピンを持つ電子の数と下向きスピンを持った電子の数が異なるとき、スピン偏極した状態であるといい、全電子数に対する異なるスピンを持った数の差をスピン偏極率と呼ぶ。

金属(左)、強磁性体(中)、ハーフメタル(右)の電子エネルギー分布図。金属では、上向きスピンを持つ電子の数と下向きスピンを持つ電子の数は同じ。鉄のように、磁石になる金属では、上向きスピンと下向きスピンの数が異なる。ハーフメタルは、伝導を担う電子が片方のスピンのみを持つ。

CrO2は極低温でほぼ100%のスピン偏極率を示す。理論的にはCrO2が「ハーフメタル」と呼ばれる特殊な電子構造を持つためだと予測されていたが、スピン分解電子構造を調べる従来の実験手法が試料の表面付近の情報を主に捉えるものであったことと、CrO2の表面に他の組成が物質が出来やすいことから、CrO2が「ハーフメタル」であることを実際に確認することはできていなかった。

今回の研究では、表面から深い領域において試料本来のスピン分解電子構造を調べることのできるバルク敏感スピン分解光電子分光装置を同大学に建設し、これまでの試料に比べて表面での他成分の存在割合が極めて少ない高品質試料を用いることで上記の課題を克服し、CrO2のハーフメタル性を直接的に実証することに成功した。また、スピン偏極した電子構造の温度変化も観測し、スピン偏極率が高温で減少することを明らかにした。

電気伝導を担う電子が片方のスピン状態のみを持つ「ハーフメタル」は、電子スピンを活用した電子制御技術において重要な役割を果たすと考えられており、今回得られた結果を室温でのスピン偏極率の減少への対策に活用することで、今後室温で動作するデバイスの開発が進むことが期待される。

CrO2のバルク敏感スピン分解光電子分光実験の結果。左の図は、試料温度40Kで測定した上向きスピンを持つ電子数(赤丸)と下向きスピンを持つ電子数(青丸)のエネルギー分布(上段)、および偏極率のエネルギー分布(下段)を示し、上向きスピンと下向きスピンのスペクトルが異なっていることがわかる。フェルミ準位(EF、物質中の電子が持つ最高エネルギー)付近で上向きスピンを持つ電子数が有限であるのに対して、下向きスピンを持つ電子数がゼロになっている。これに対応して、スピン偏極率はEF近傍で100%に達しており、CrO2がハーフメタルであることを示している。一方、右の図は300Kの結果を示しており、上向きスピンと下向きスピンのスペクトルは異なるが、両方とも電子数はEF付近でゼロにならず、スピン偏極率は50%程度に落ちている。