宇宙で最も多い元素の水素が地球内部でどのように存在するかの研究に一石が投じられた。地球深部の鉱物スティショフ石中で、水素が中性原子状態で存在する可能性を、東京大学大学院理学系研究科の船守展正(ふなもり のぶまさ)准教授らが示した。陽子の同位体として振る舞うミュオン(ミュー粒子)がスティショフ石の中で電子1個を束縛してミュオニウムとなることを発見して、この新知見がもたらされた。

図1. 地球内部の断面図。上部マントル(および遷移層)と下部マントルは、岩石を構成するケイ酸塩鉱物中のケイ素の配位数の違い(4配位⇔6配位)で特徴づけられる。ケイ酸塩鉱物中に、水素は水酸基(=水)として取り込まれているとするのが定説だったが、この研究の結果、中性水素として存在する可能性が示唆された。(提供:東京大学)

岩石を構成するケイ酸塩鉱物中で、水素は水酸基として存在するという定説に見直しを迫った。地球深部の水素循環研究に新しい視野を開く報告として注目される。高エネルギー加速器研究機構と広島大学、物質・材料研究機構、愛媛大学、理化学研究所との共同研究で、2月13日付の英オンライン科学誌サイエンティフィックリポーツに発表した。

図2. 石英とスティショフ石の結晶構造。石英がケイ素と酸素の4面体(SiO4)から構成されるのに対し、スティショフ石は8面体(SiO6)から構成される。それぞれ上部マントルと下部マントルのケイ酸塩に対応する特徴的な構造。石英だけでなく、スティショフ石の小さく異方的な空隙(白色部分)にミュオニウムが存在することが明らかになった。(提供:東京大学)

図3. スティショフ石中のミュオン・スピン回転の信号。高周波数の振動がミュオニウムの存在を示している。(提供:東京大学)

水素原子は太陽系で最も豊富に存在する。酸素と結合した水は生物界を支える基本的分子で、海として地球表面の約70%を占めている。また、相当量の水が地球内部に隠れた形で存在する可能性が指摘されている。これまでは、岩石を構成するケイ酸塩鉱物中の水酸基(OH—)として、水が地下のマントルに取り込まれると考えられてきた。

研究グループは、水素が水酸基でなく、原子状態の中性水素(H0)として岩石中に存在する可能性をミュオン・スピン回転(μSR)法で探索した。この手法は、物質を構成する原子の隙間にミュオンを注入して、超高感度の磁気プローブとして電子の状態を観測する。ミュオン自身が陽子の軽い放射性同位体として水素の化学的性質を模擬する。注入したミュオンから0.5ナノメートル程度の局所的な情報が得られ、放射光X線や中性子線で得られる長距離の情報とは相補的な関係にある。この手法には大量の試料を必要とするため、物質・材料研究機構と愛媛大学の超大型プレス装置で、試料のスティショフ石を合成した。

研究の対象としたスティショフ石は、ケイ素と酸素による八面体が規則的に並んだ骨格で構成され、10万気圧以上の高圧力下で安定に存在する石英の高圧相鉱物。1気圧で安定な石英は四面体の骨格で構成されており、ミュオン・スピン回転法などで、骨格間の大きな隙間に中性水素を取り込むことが知られていた。今回、高圧地球科学とミュオン物性科学の研究者の全面的な協力で、初めてスティショフ石にミュオン・スピン回転法を適用した。

スティショフ石に注入されたミュオンの多くは、電子1個を束縛したミュオニウムとして空隙中に存在していた。その結果、スティショフ石中で、水素は酸素と結合した水酸基として存在するよりも、小さく異方的な空隙に中性原子として存在することを好むことがわかった。この発見は、地球の深さ670キロから2900キロに位置する下部マントルに、これまでの研究で想定外であった中性水素が存在する可能性を示した。

船守展正准教授は「高圧地球科学とミュオン物性科学の研究グループの協力で、下部マントルにこれまで想定外だった中性水素の存在する可能性が浮かび上がった。通常の方法では、中性水素原子が観測できないので、ミュオンを使った。中性水素が入っているとすれば、地球深部の岩石の性質も変わる。地球の進化で重要とされる地球内部の水素(および水)の循環に新たな一石が投じられたことになる。今後、地球深部での水素の存在形態に関してミュオン・スピン回転法でさらに解明を進め、実験と理論の両面から、多様な研究を展開していきたい」と話している。